列子 / 湯問篇
隰朋諫曰:「君舍齊國之廣、人民之衆、山川之觀、殖物之阜、禮義之盛、章服之美、妖靡盈庭、忠良滿朝。肆咤則徒卒百萬、視撝則諸侯從命、亦奚羨於彼而棄齊國之社稷、從戎夷之國乎?此仲父之耄、柰何從之?」桓公乃止、以隰朋之言告管仲。仲曰:「此固非朋之所及也。臣恐彼國之不可知之也。齊國之富奚戀?隰朋之言奚顧?」
新字:隰朋諫曰:「君舎斉国之広、人民之衆、山川之観、殖物之阜、礼義之盛、章服之美、妖靡盈庭、忠良満朝。肆咤則徒卒百万、視撝則諸侯従命、亦奚羨於彼而棄斉国之社稷、従戎夷之国乎?此仲父之耄、柰何従之?」桓公乃止、以隰朋之言告管仲。仲曰:「此固非朋之所及也。臣恐彼国之不可知之也。斉国之富奚恋?隰朋之言奚顧?」
書き下し
隰朋諫めて曰く、君は齊國の廣きを舍て、人民の衆きを舍て、山川の觀、殖物の阜、禮義の盛、章服の美、妖靡庭に盈ち、忠良朝に滿つるを舍つ。肆咤すれば則ち徒卒百萬、視撝すれば則ち諸侯命に從う。亦た奚ぞ彼を羨みて齊國の社稷を棄て、戎夷の國に從わんや。此れ仲父の耄なり。柰何ぞ之に從わん、と。桓公乃ち止み、隰朋の言を以て管仲に告ぐ。仲曰く、此れ固より朋の及ぶ所に非ざるなり。臣は彼の國の之を知るべからざるを恐る。齊國の富は奚ぞ戀わん。隰朋の言は奚ぞ顧みん、と。
現代語訳
隰朋が諫めて言った。「君は斉の国の広さを捨て、民の多さを捨て、山や川の眺め、産物の豊かさ、礼儀の盛んなこと、衣冠の美しさ、庭に満ちる美しい者たち、朝廷に満ちる忠実で優れた臣下を捨てようとしておられる。ひとたび号令すれば兵卒百万が動き、目配せをすれば諸侯が命に従う。どうしてあちらを羨んで、斉の国の社稷を捨て、異民族の国に従うのですか。これは仲父の耄碌です。どうしてそれに従うのですか」。桓公はそこで思いとどまり、隰朋の言葉を管仲に伝えた。管仲は言った。「それはもとより隰朋の及ぶところではない。私は、あの国が知りようのないものではないかと恐れているのだ。斉の国の富など、どうして惜しもう。隰朋の言葉など、どうして顧みよう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』戒管仲疾に寢ぬ、桓公往きて之を問う。曰く、「仲父の疾甚だし、若し諱む可からずんば、不幸にして此の疾より起たずんば、彼の政我將に安くにか之を移さんとす」と。管仲未だ對えず。桓公曰く、「鮑叔の人と為り何如」と。管仲對えて曰く、「鮑叔は、君子なり。千乘の國、其の道を以て之に予えざれば、受けざるなり。然りと雖も、以て政を為す可からず。其の人と為りや、善を好みて惡を惡むこと已甚だし、一惡を見れば終身忘れず」と。桓公曰く、「然らば則ち孰か可なる」と。管仲對えて曰く、「隰朋可なり。朋の人と為り、上に識るを好みて下に問う。臣之を聞く、德を以て人に予うるを之を仁と謂い、財を以て人に予うるを之を良と謂う。善を以て人に勝つ者は、未だ能く人を服する者有らざるなり。善を以て人を養う者は、未だ人を服せざる者有らざるなり。國に於いて政を知らざる所有り、家に於いて事を知らざる所有り、必ず則ち朋か。且つ朋の人と為りや、其の家に居りて公門を忘れず、公門に居りて其の家を忘れず、君に事えて其の心を二にせず、亦た其の身を忘れず。齊國の幣を舉げ、路家五十室を握るも、其の人知らざるなり。大仁なるかな、其れ朋か」と。
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『列子』湯問篇周の穆王北遊して其の國を過ぎ、三年歸るを忘る。既に周室に反り、其の國を慕い、𢠵然として自失し、酒肉を進めず、嬪御を召さざる者、數月にして乃ち復す。管仲齊の桓公に勉めて遼口に遊ぶに因り、俱に其の國に之かんとし、幾ど舉ぐるを尅くす。
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荘子・徐無鬼管仲病有り。桓公之を問いて曰く、「仲父の病は病めり。云(しか)らずと謂うべからず。大病に至らば、則ち寡人は悪くにか国を属(たく)して可ならん」と。管仲曰く、「公は誰にか与えんと欲するか」と。公曰く、「鮑叔牙(ほうしゅくが)」と。曰く、「不可なり。其の人と為りや、絜廉(けつれん)の善士なり。其の己に若(し)かざる者に於けるは之に比(した)しまず。又た一たび人の過ちを聞けば、終身忘れず。之をして国を治めしめば、上は且つ君に鉤(さか)らい、下は且つ民に逆らわん。其の罪を君に得るや、将に久しからざらん」と。公曰く、「然らば則ち孰か可なる」と。対えて曰く、「已(や)む勿くんば、則ち隰朋(しつほう)可なり。其の人と為りや、上は忘れて下は畔(そむ)く。黄帝に若かざるを愧じて、己に若かざる者を哀れむ。徳を以て人に分かつ、之を聖と謂う。財を以て人に分かつ、之を賢と謂う。賢を以て人に臨めば、未だ人を得る者有らず。賢を以て人に下れば、未だ人を得ざる者有らず。其の国に於けるや聞かざる有り。其の家に於けるや見ざる有り。已む勿くんば、則ち隰朋可なり」と。
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呂氏春秋・貴公③管仲、病有り。桓公往きて之に問いて曰く、「仲父の病めり、漬むこと甚だし、國人諱まず。寡人将た誰にか國を屬せん。」管仲對えて曰く、「昔者、臣力を盡くし智を竭くせしも、猶ほ未だ以て之を知るに足らざるなり。今病朝夕の中に在り。臣奚ぞ能く言わん。」桓公曰く、「此れ大事なり。願わくは仲父の寡人に教えんことを。」管仲敬みて諾す。曰く、「公誰をか相にせんと欲する。」公曰く、「鮑叔牙可ならんか。」管仲對えて曰く、「不可なり。夷吾、鮑叔牙と善し。鮑叔牙の人と為りや、清廉潔直、己に若かざる者を視れば人に比せず、一たび人の過ちを聞けば終身忘れず。」「已むこと勿くんば、則ち隰朋其れ可ならんか。」「隰朋の人と為りや、上志して下求し、黄帝に若かざるを醜じて己に若かざる者を哀れむ。其の國に於けるや聞かざること有り、其の物に於けるや知らざること有り、其の人に於けるや見ざること有り。已むこと勿からんか、則ち隰朋可なり。」夫れ相は大官なり。大官に處る者は、小察を欲せず、小智を欲せず。故に曰く、「大匠は斲らず、大庖は豆せず、大勇は鬭わず、大兵は寇せず。」桓公、公を行い私惡を去り、管子を用いて五伯の長と為る。私を行い愛する所に阿り、豎刁を用いて、蟲、戸より出づ。
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『韓非子』十過第十斉・衛の間は十日の行に過ぎず、開方君に事ふるが為に、君に適はんと欲するの故に、十五年帰りて其の父母に見えず、此れ人情に非ざるなり。其の父母を之れ親しまざるに、又能く君を親しまんや」と。公曰く、「然らば則ち易牙は何如」と。管仲曰く、「不可なり。夫れ易牙は君の為に味を主る、君の未だ嘗て食はざる所は唯だ人肉のみ、易牙其の子の首を蒸して之を進む、君の知る所なり。人の情は其の子を愛せざるは莫し、今其の子を蒸して以て君に膳を為す、其の子を愛せず、又安んぞ能く君を愛せんや」と。公曰く、「然らば則ち孰か可なる」と。管仲曰く、「隰朋可なり。其の人と為りや、中を堅くして外に廉、欲少なくして信多し。夫れ中を堅くすれば、則ち以て表と為すに足り、外に廉なれば、則ち以て大任すべく、欲少なければ、則ち能く其の衆に臨み、信多ければ、則ち能く隣国に親しむ。此れ覇者の佐なり、君其れ之を用ゐよ」と。君曰く、「諾」と。居ること一年余にして、管仲死し、君遂に隰朋を用ゐずして豎刁に与す。刁事に莅むこと三年、桓公南のかた堂阜に遊び、豎刁易牙・衛の公子開方及び大臣を率ゐて乱を為す。桓公渇餒して南門の寝・公守の室に死し、身死して三月収められず、虫戸より出づ。故に桓公の兵天下に横行し、五伯の長と為るも、卒に其の臣に弑せられて、高名を滅ぼし、天下の笑ひと為る者は、何ぞや。管仲を用ゐざるの過ちなり。故に曰く、過ちて忠臣に聴かず、独り其の意を行へば、則ち其の高名を滅ぼして人の笑ひと為るの始めなり。奚をか内に力を量らずと謂ふ。昔者秦の宜陽を攻むるや、韓氏急なり。公仲朋韓君に謂ひて曰く、「与国は恃むべからざるなり、豈に張儀に因りて和を秦に為すに如かんや。因りて賂ふに名都を以てして南のかた与に楚を伐たば、是れ患ひ秦に解けて害楚に交はるなり」と。公曰く、「善し」と。乃ち公仲の行を警し、将に西のかた秦と和せんとす。
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『管子』小問客或いは齊の桓公に見えんと欲し、上官に仕えて祿千鍾を授けられんことを請う。公以て管仲に告ぐ。曰く、「君之を予えよ」と。客之を聞きて曰く、「臣仕えざらん」と。公曰く、「何の故ぞ」と。對えて曰く、「臣聞く、人を取るに人を以てする者は、其の人を去るや亦た人を用うと。吾仕えざらん」と。
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