列子 / 周穆王篇
秦人逢氏有子、少而惠、及壯而有迷罔之疾、聞歌以爲哭、視白以爲黑、饗香以爲朽、嘗甘以爲苦、行非以爲是、意之所之、天地、四方、水火、寒暑、無不倒錯者焉。楊氏告其父曰:「魯之君子多術藝、將能已乎?汝奚不訪焉?」其父之魯、過陳、遇老聃、因告其子之證。
新字:秦人逢氏有子、少而恵、及壮而有迷罔之疾、聞歌以為哭、視白以為黒、饗香以為朽、嘗甘以為苦、行非以為是、意之所之、天地、四方、水火、寒暑、無不倒錯者焉。楊氏告其父曰:「魯之君子多術芸、将能已乎?汝奚不訪焉?」其父之魯、過陳、遇老聃、因告其子之證。
書き下し
秦人逢氏に子有り。少くして惠く、壯に及びて迷罔の疾有り。歌を聞きて以て哭と爲し、白を視て以て黑と爲し、香を饗して以て朽と爲し、甘を嘗めて以て苦と爲し、非を行いて以て是と爲す。意の之く所、天地・四方・水火・寒暑、倒錯せざる者無し。楊氏其の父に告げて曰く、魯の君子は術藝多し。將に能く已やさんか。汝奚ぞ焉に訪わざる、と。其の父魯に之き、陳を過ぎ、老聃に遇う。因りて其の子の證を告ぐ。
現代語訳
秦の逢氏に子がいた。幼いころは賢かったが、成人してから錯乱の病になった。歌を聞けば泣き声だと思い、白を見れば黒だと思い、香りをかげば腐っていると思い、甘いものを味わえば苦いと思い、間違ったことをしては正しいと思った。心の向かうところ、天地も四方も水火も寒暑も、すべてが逆さになった。楊氏が父親に言った。「魯の君子たちは技芸に通じている。治せるのではないか。訪ねてみてはどうか」。父は魯へ向かい、陳を通ったところで老聃に出会った。そこで息子の症状を話した。
解説
歌を泣き声と、白を黒と、正しいことを間違いと取り違える。すべてが反転している症状です。父は当然、治そうとして名医を求めて旅に出ます。ここまでは自然な流れで、読み手も治療の話を期待します。ところが道中で出会った老子が、まったく別の角度から答える。この段の構成の妙は、問題を持った人が正しい手順で解決に向かっているところに、前提を疑う声を置いたことです。実務でも、解決策を探しに走り出したあとで前提を問い直すのは難しい。すでに動いてしまっているからです。だからこそ、動き出した人の前に立って問い直す役割が要ります。
この章句が説くこと
歌を聞きて哭と為し白を視て黒と為す倒錯せざる者無し其の子の證を告ぐ
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