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列子 / 周穆王篇

不恤國事、不樂臣妾、肆意遠游。命駕八駿之乘、右服𧄪騮而左綠耳、右驂赤驥而左白𣚘、主車則造父爲御、𧮼𠱛爲右、次車之乘、右服渠黃而左踰輪、左驂盜驪而右山子、柏夭主車、參百爲御、奔戎爲右。馳驅千里、至於巨蒐氏之國。巨蒐氏乃獻白鵠之血以飲王、具牛馬之湩以洗王之足、及二乘之人。已飲而行、遂宿於崑崙之阿、赤水之陽。別日升於崑崙之丘、以觀黃帝之宮、而封之以詒後世。遂賓於西王母、觴於瑤池之上。西王母爲王謠、王和之、其辭哀焉。西觀日之所入。一日行萬里。王乃歎曰:「於乎!予一人不盈於德而諧於樂、後世其追數吾過乎!」穆王幾神人哉!能窮當身之樂、猶百年乃徂、世以爲登假焉。

新字:不恤国事、不楽臣妾、肆意遠游。命駕八駿之乗、右服𧄪騮而左綠耳、右驂赤驥而左白𣚘、主車則造父為御、𧮼𠱛為右、次車之乗、右服渠黄而左踰輪、左驂盗驪而右山子、柏夭主車、参百為御、奔戎為右。馳駆千里、至於巨蒐氏之国。巨蒐氏乃献白鵠之血以飲王、具牛馬之湩以洗王之足、及二乗之人。已飲而行、遂宿於崑崙之阿、赤水之陽。別日升於崑崙之丘、以観黄帝之宮、而封之以詒後世。遂賓於西王母、觴於瑤池之上。西王母為王謡、王和之、其辞哀焉。西観日之所入。一日行万里。王乃嘆曰:「於乎!予一人不盈於徳而諧於楽、後世其追数吾過乎!」穆王幾神人哉!能窮当身之楽、猶百年乃徂、世以為登仮焉。

書き下し

國事を恤えず、臣妾を樂しまず、意を肆にして遠游す。駕八駿の乘を命ず。右に𧄪騮を服し左に綠耳、右に赤驥を驂し左に白𣚘、主車は則ち造父御と爲り、𧮼𠱛右と爲る。次車の乘は、右に渠黃を服し左に踰輪、左に盜驪を驂し右に山子、柏夭車を主り、參百御と爲り、奔戎右と爲る。馳驅すること千里、巨蒐氏の國に至る。巨蒐氏乃ち白鵠の血を獻じて以て王に飲ましめ、牛馬の湩を具えて以て王の足を洗い、二乘の人に及ぶ。已に飲みて行き、遂に崑崙の阿、赤水の陽に宿る。別日崑崙の丘に升り、以て黄帝の宮を觀て、之を封じて以て後世に詒す。遂に西王母に賓たり、瑤池の上に觴す。西王母王の爲に謠い、王之に和す。其の辭哀し。西のかた日の入る所を觀る。一日に萬里を行く。王乃ち歎じて曰く、於乎、予一人德に盈たずして樂に諧う。後世其れ吾が過ちを追い數えんか、と。穆王は神人に幾きかな。能く當身の樂しみを窮めて、猶お百年にして乃ち徂く。世以て登假すと爲せり。

現代語訳

王は国事を顧みず、臣下や側女を楽しまず、思うままに遠くへ旅立った。八頭立ての名馬の車を用意させた。右に𧄪騮、左に綠耳をつけ、右の添え馬に赤驥、左に白𣚘。主の車は造父が御者となり、𧮼𠱛が右に乗る。次の車は右に渠黃、左に踰輪をつけ、左の添え馬に盜驪、右に山子。柏夭が車をつかさどり、參百が御者となり、奔戎が右に乗った。千里を駆け、巨蒐氏の国に着いた。巨蒐氏は白鳥の血を献じて王に飲ませ、牛馬の乳を用意して王の足を洗い、二台の車の者たちにも同じようにした。飲み終えて出発し、崑崙の山あい、赤水の北に宿った。別の日には崑崙の丘に登り、黄帝の宮を見て、そこに封じて後世に伝えた。それから西王母のもとに客となり、瑤池のほとりで杯を交わした。西王母が王のために歌い、王がそれに唱和した。その歌詞は哀しかった。西へ向かって日の沈むところを見た。一日に万里を行った。王は嘆いて言った。「ああ、この私は徳が満ちていないのに楽しみだけは行き届いている。後世の人は、私の過ちを数え上げるだろうか」。穆王は神人に近い人であった。この身の楽しみを極め尽くしながら、なお百年生きてから世を去った。世の人はそれを、昇天したのだと言った。

解説

幻術で天上の宮殿を見た王は、現実の旅に出ます。八頭の名馬、崑崙、西王母、瑤池。中国のもっとも華やかな旅の一つですが、注目すべきは二か所です。西王母との歌に「其の辭哀し」と書かれていること。そして王自身の嘆き――徳は満ちていないのに、楽しみだけは行き届いている、後世は私の過ちを数えるだろうか。極めた当人が、極めながら自分を疑っています。列子はそれでも「神人に近い」と評しました。楽しみを極め尽くしてなお百年生きた、と。禁欲を説かず、耽溺も咎めず、ただ自分の過ちを自分で数えられたことを評価している。経営者の自己評価として、これはかなり高い水準です。

この章句が説くこと

八駿の乗西王母に賓たり瑤池の上に觴す徳に盈たずして楽に諧う後世其れ吾が過ちを追い数えんか

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