列子 / 楊朱篇
禽骨釐聞之、曰:「端木叔、狂人也、辱其祖矣。」段干生聞之、曰:「端木叔、達人也、德過其祖矣。其所行也、其所爲也、衆意所驚、而誠理所取。衛之君子多以禮教自持、固未足以得此人之心也。」
新字:禽骨釐聞之、曰:「端木叔、狂人也、辱其祖矣。」段干生聞之、曰:「端木叔、達人也、徳過其祖矣。其所行也、其所為也、衆意所驚、而誠理所取。衛之君子多以礼教自持、固未足以得此人之心也。」
書き下し
禽骨釐之を聞きて曰く、端木叔は狂人なり。其の祖を辱めたり、と。段干生之を聞きて曰く、端木叔は達人なり。德は其の祖に過ぎたり。其の行う所や、其の爲す所や、衆意の驚く所にして、誠理の取る所なり。衛の君子は多く禮教を以て自ら持す。固より未だ以て此の人の心を得るに足らざるなり、と。
現代語訳
禽骨釐はこれを聞いて言った。「端木叔は狂人だ。先祖を辱めた」。段干生はこれを聞いて言った。「端木叔は達人だ。徳は先祖にまさっている。その行いも、その為したことも、多くの人の考えでは驚くべきことだが、まことの道理から言えば取るべきことだ。衛の君子たちは、たいてい礼と教えで自分を保っている。もとよりこの人の心を理解するには足りない」。
解説
同じ人物への評が、真っ二つに割れます。先祖を辱めた狂人か、先祖にまさる達人か。列子はどちらが正しいとも書きません。段干生の最後の一言だけが、判断の手がかりです。礼と教えで自分を保っている人には、この人の心は分からない、と。基準を持っている人ほど、基準の外にいる人を測れない。実務でも、はみ出した人物の評価は必ず割れます。そして割れ方は、評価する側が何で自分を保っているかを映します。誰かへの評価が割れたとき、割れ目は評価される側ではなく、評価する側にあります。
この章句が説くこと
端木叔は狂人なり其の祖を辱めたり端木叔は達人なり徳は其の祖に過ぎたり礼教を以て自ら持す
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