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列子 / 黄帝篇

商丘開曰:「吾亡道。雖吾之心、亦不知所以。雖然、有一於此、試與子言之。曩子二客之宿吾舍也、聞譽范氏之勢、能使存者亡、亡者存、富者貧、貧者富。吾誠之無二心、故不遠而來。及來、以子黨之言皆實也、唯恐誠之之不至、行之之不及、不知形體之所措、利害之所存也。心一而已。物亡迕者、如斯而已。今昉知子黨之誕我、我內藏猜慮、外矜觀聽、追幸昔日之不焦溺也、怛然內熱、惕然震悸矣。水火豈復可近哉?」

新字:商丘開曰:「吾亡道。雖吾之心、亦不知所以。雖然、有一於此、試与子言之。曩子二客之宿吾舎也、聞誉范氏之勢、能使存者亡、亡者存、富者貧、貧者富。吾誠之無二心、故不遠而来。及来、以子党之言皆実也、唯恐誠之之不至、行之之不及、不知形体之所措、利害之所存也。心一而已。物亡迕者、如斯而已。今昉知子党之誕我、我内蔵猜慮、外矜観聴、追幸昔日之不焦溺也、怛然内熱、惕然震悸矣。水火豈復可近哉?」

書き下し

商丘開曰く、吾に道亡し。吾の心と雖も、亦た以う所を知らず。然りと雖も、一つ此に有り、試みに子と之を言わん。曩に子の二客の吾が舍に宿るや、范氏の勢を譽むるを聞けり、能く存する者をして亡ぼさしめ、亡ぶる者をして存せしめ、富める者をして貧しからしめ、貧しき者をして富ましむ、と。吾之を誠として二心無し。故に遠しとせずして來れり。來るに及び、子の黨の言は皆な實なりと以い、唯だ之を誠とするの至らざらんこと、之を行うの及ばざらんことを恐る。形體の措く所、利害の存する所を知らざるなり。心一なるのみ。物の迕う者亡きこと、斯くの如きのみ。今昉めて子の黨の我を誕くを知る。我内に猜慮を藏し、外に觀聽を矜り、昔日の焦溺せざりしを追いて幸いとす。怛然として内熱し、惕然として震悸す。水火豈に復た近づくべけんや、と。

現代語訳

商丘開は言った。「私に道などありません。自分の心にしても、なぜそうなったのか分かりません。とはいえ一つだけ心当たりがあるので、お話ししてみましょう。以前、あなた方のところの二人の客が私の家に泊まったとき、范氏の勢いをほめるのを聞きました。生きている者を滅ぼし、滅びかけた者を生かし、富んだ者を貧しくし、貧しい者を富ませることができる、と。私はそれを本当だと信じて、二心がありませんでした。だから遠いとも思わずにやってきました。来てからも、あなた方の言うことはすべて本当だと思い、ただ信じ方が足りないこと、実行が及ばないことばかりを恐れていました。体をどこに置いているか、損得がどこにあるかなど、気にもしませんでした。心が一つだっただけです。物が逆らってこなかったのは、それだけのことです。ところが今はじめて、あなた方が私をだましていたと知りました。私は内に疑いを抱え、外に見聞きしたことを気にするようになり、あのとき焼けも溺れもしなかったのを幸運だったと振り返っています。胸が熱くなり、体が震えます。水や火に、どうしてもう近づけましょうか」。

解説

種明かしは、道でも術でもありませんでした。「心一なるのみ」――信じきっていて、疑いが一つもなかった、それだけです。そして残酷なのは後半です。だまされていたと知った瞬間に、彼は二度と火にも水にも近づけなくなった。能力は何も変わっていないのに、疑いが入っただけで消えた。信じることの力を称えた話に見えて、実は、その力がいかに壊れやすいかを描いた話です。組織でも同じことが起きます。何も疑わずに走っていた人が、一度上の欺瞞を知ると、以前と同じ働きができなくなる。能力ではなく前提が折れるからです。上に立つ者が部下をからかったり、方便でごまかしたりすることの代償が、ここに書かれています。壊したものは、詫びても戻りません。

この章句が説くこと

吾に道亡し心一なるのみ物の迕う者亡し内に猜慮を蔵す水火豈に復た近づくべけんや

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