列子 / 説符篇
列子曰:「色盛者驕、力盛者奮、未可以語道也。故不班白語道、失、而況行之乎?故自奮則人莫之告。人莫之告、則孤而無輔矣。賢者任人、故年老而不衰、智盡而不亂。故治國之難在於知賢而不在自賢。」
新字:列子曰:「色盛者驕、力盛者奮、未可以語道也。故不班白語道、失、而況行之乎?故自奮則人莫之告。人莫之告、則孤而無輔矣。賢者任人、故年老而不衰、智尽而不乱。故治国之難在於知賢而不在自賢。」
書き下し
列子曰く、色盛んなる者は驕り、力盛んなる者は奮う。未だ以て道を語るべからず。故に班白ならざれば道を語るも、失なり。而るを況んや之を行うをや。故に自ら奮えば則ち人之に告ぐる莫し。人之に告ぐる莫くんば、則ち孤にして輔無し。賢者は人に任ず。故に年老いて衰えず、智盡きて亂れず。故に國を治むるの難きは賢を知るに在りて自ら賢とするに在らず、と。
現代語訳
列子は言った。「血色の盛んな者は驕り、力の盛んな者は勢い立つ。まだ道を語る段階ではない。だから髪に白いものが混じるまでは、道を語ってもうまくいかない。まして実行するとなればなおさらだ。だから自分から勢い立てば、誰も忠告してくれなくなる。誰も忠告しなくなれば、孤立して助けがない。賢者は人に任せる。だから年をとっても衰えず、知恵が尽きても乱れない。だから国を治める難しさは、賢い人を見分けることにあるのであって、自分が賢くあることにはない」。
解説
最後の一句がすべてです。「治國の難きは賢を知るに在りて自ら賢とするに在らず」。難しいのは自分が賢くなることではなく、賢い人を見分けること。そこへ至る道筋も述べられています。自分から勢い立てば誰も忠告しなくなり、忠告がなくなれば孤立し、助けがない。勢いのある人ほど情報が入らなくなるという因果です。そして賢者は人に任せるから、年をとって自分の力が落ちても、組織は乱れない。自分の能力を伸ばす経営と、人を見分ける経営は、加齢に対する強さがまったく違います。
この章句が説くこと
自ら奮えば則ち人之に告ぐる莫し賢者は人に任ず年老いて衰えず国を治むるの難きは賢を知るに在り人材登用無為権限委譲
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