列子 / 説符篇
子列子學於壺丘子林。壺丘子林曰:「子知持後、則可言持身矣。」列子曰:「願聞持後。」曰:「顧若影、則知之。」列子顧而觀影、形枉則影曲、形直則影正。然則枉直隨形而不在影、屈申任物而不在我。此之謂持後而處先。
新字:子列子学於壺丘子林。壺丘子林曰:「子知持後、則可言持身矣。」列子曰:「願聞持後。」曰:「顧若影、則知之。」列子顧而観影、形枉則影曲、形直則影正。然則枉直随形而不在影、屈申任物而不在我。此之謂持後而処先。
書き下し
子列子壺丘子林に學ぶ。壺丘子林曰く、子後を持するを知らば、則ち身を持するを言うべし、と。列子曰く、願わくは後を持するを聞かん、と。曰く、若の影を顧みれば、則ち之を知らん、と。列子顧みて影を觀るに、形枉がれば則ち影は曲がり、形直ければ則ち影は正し。然らば則ち枉直は形に隨いて影に在らず、屈申は物に任せて我に在らず。此れを之れ後を持して先に處ると謂う。
現代語訳
列子が壺丘子林に学んだ。壺丘子林は言った。「あなたが後ろを保つことを知ったなら、身を保つことを語れるようになる」。列子は言った。「後ろを保つとは何か、お聞かせください」。壺丘子林は言った。「自分の影を振り返れば、それが分かる」。列子が振り返って影を見ると、体が曲がれば影は曲がり、体がまっすぐなら影は正しい。とすれば、曲がるかまっすぐかは体しだいであって影の側にはなく、屈むか伸びるかは相手しだいであって自分の側にはない。これを、後ろを保ちながら先に立つという。
解説
影を見ろ、という指導です。影は体に従うだけで、影の側に選択肢はない。だから曲がった影を直そうとしても無駄で、体を直せば影は直る。そのうえで「後を持して先に處る」――後ろに身を置きながら、結果として先にいる、という状態が示されます。組織で言えば、結果は影であり、体は日々の振る舞いです。数字を直そうとして数字をいじるのは、影を直そうとすることに当たります。そして「屈申は物に任せて我に在らず」――伸びるか縮むかは相手しだいだと認めている。自分が動かせるのは形であって、影ではありません。
この章句が説くこと
後を持するを知らば身を持するを言うべし形枉がれば則ち影は曲がる後を持して先に処る修身
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