列子 / 黄帝篇
嘗又與來!」明日、又與之見壺子。出而謂列子曰:「子之先生坐不齋、吾無得而相焉。試齋、將且復相之。」列子入告壺子。壺子曰:「向吾示之以太沖莫眹、是殆見吾衡氣幾也。鯢旋之潘爲淵、止水之潘爲淵、流水之潘爲淵、濫水之潘爲淵、沃水之潘爲淵、氿水之潘爲淵、雍水之潘爲淵、汧水之潘爲淵、肥水之潘爲淵、是爲九淵焉。
新字:嘗又与来!」明日、又与之見壺子。出而謂列子曰:「子之先生坐不斎、吾無得而相焉。試斎、将且復相之。」列子入告壺子。壺子曰:「向吾示之以太沖莫眹、是殆見吾衡気幾也。鯢旋之潘為淵、止水之潘為淵、流水之潘為淵、濫水之潘為淵、沃水之潘為淵、氿水之潘為淵、雍水之潘為淵、汧水之潘為淵、肥水之潘為淵、是為九淵焉。
書き下し
嘗た又た與に來たれ、と。明日、又た之と壺子に見ゆ。出でて列子に謂いて曰く、子の先生は坐して齋せず。吾得て相する無し。試みに齋せば、將た且に復た之を相せん、と。列子入りて壺子に告ぐ。壺子曰く、向に吾之に示すに太沖莫眹を以てす。是れ殆ど吾が衡氣の幾を見たるならん。鯢旋の潘を淵と爲し、止水の潘を淵と爲し、流水の潘を淵と爲し、濫水の潘を淵と爲し、沃水の潘を淵と爲し、氿水の潘を淵と爲し、雍水の潘を淵と爲し、汧水の潘を淵と爲し、肥水の潘を淵と爲す。是れを九淵と爲す。
現代語訳
「もう一度連れてきなさい」。翌日、また季咸を連れて壺子に会わせた。季咸は出てきて列子に言った。「あなたの先生は座り方が定まっていない。私には占いようがない。心身をととのえてもらえば、あらためて占いましょう」。列子は部屋に入って壺子に伝えた。壺子は言った。「さっき私は彼に、大いなる虚のきざしなきさまを見せた。彼はおそらく、私の気が釣り合っているきざしだけを見たのだろう。鯨がめぐる渦の淵、止まった水の淵、流れる水の淵、あふれる水の淵、そそぐ水の淵、湧く水の淵、せき止められた水の淵、細く流れる水の淵、たまった水の淵。これを九つの淵という」。
解説
三度目、占い師は「占いようがない」と降ります。壺子が見せたのは、生でも死でもなく、釣り合っているきざしでした。傾いていれば読める。傾いていなければ読めない。そのうえで九つの淵が並べられます。渦巻く水も、止まった水も、流れる水も、みな同じく淵である。表面の動きは違っても、深さは同じだという説明です。ここは組織にも人にも当てはまります。忙しく動いている時期と、止まって見える時期を、私たちは別の状態として評価しがちですが、深さの側から見れば同じ一つのものかもしれません。外から読めない人が強いのではなく、傾いていない人が読めないだけです。
この章句が説くこと
坐して斎せず吾得て相する無し太沖莫眹衡気の幾九淵
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『列子』黄帝篇明日、列子之と壺子に見ゆ。出でて列子に謂いて曰く、譆、子の先生は死せり。活きざらん。旬を以て數うべからず。吾怪を見たり、濕灰を見たり、と。列子入り、涕泣して衿を沾し、以て壺子に告ぐ。壺子曰く、向に吾之に示すに地文を以てす。誫かず止まらざるに罪す。是れ殆ど吾が杜德の幾を見たるならん。
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荘子・応帝王鄭に神巫(しんぷ)有り、季咸(きかん)と曰う。人の生死存亡、禍福寿夭(かふくじゅよう)を知り、期するに歳月旬日(さいげつじゅんじつ)を以てす。神の若し。鄭人之を見れば、皆な棄てて走る。列子之を見て心酔し、帰りて以て壺子(こし)に告げて曰く、「始め吾夫子の道を以て至れりと為せり。則ち又た至れる者有り」と。壺子曰く、「吾汝と既に其の文を尽くすも、未だ其の実を尽くさず。而(すなわ)ち固(まこと)に道を得たるか。衆(おお)くの雌ありて雄無くんば、而ち又た奚(なん)ぞ卵せんや。而ち道を以て世と亢(あ)がりて必ず信ぜられんとす。夫れ故に人をして得て女(なんじ)を相(そう)せしむ。嘗(こころ)みに与に来たれ。以て予(われ)を之に示さん」と。明日、列子之と壺子に見ゆ。出でて列子に謂いて曰く、「嘻(ああ)、子の先生は死せり。活きざらん。旬を以て数えざらん。吾怪を焉(そこ)に見たり。溼灰(しっかい)を焉に見たり」と。列子入り、涕を泣きて襟を沾(うるお)し、以て壺子に告ぐ。壺子曰く、「郷(さき)に吾之に示すに地文(ちぶん)を以てせり。萌(ほう)として震(うご)かず正(とど)まらず。是れ殆ど吾が徳機(とくき)を杜(と)ざすを見たるならん。嘗みに又た与に来たれ」と。明日、又た之と壺子に見ゆ。出でて列子に謂いて曰く、「幸いなるかな。子の先生は我に遇えり。瘳(い)ゆること有り。全然として生有り。吾其の杜権(とけん)を見たり」と。列子入り、以て壺子に告ぐ。壺子曰く、「郷に吾之に示すに天壌(てんじょう)を以てせり。名実入らずして、機は踵(かかと)より発す。是れ殆ど吾が善なる者の機を見たるならん。嘗みに又た与に来たれ」と。明日、又た之と壺子に見ゆ。出でて列子に謂いて曰く、「子の先生は斉(ととの)わず。吾得て相する無し。試みに斉えよ。且つ復た之を相せん」と。列子入り、以て壺子に告ぐ。壺子曰く、「吾郷に之に示すに太沖莫勝(たいちゅうばくしょう)を以てせり。是れ殆ど吾が衡気(こうき)の機を見たるならん。鯢桓(げいかん)の審(ふか)きを淵と為し、止水の審きを淵と為し、流水の審きを淵と為す。淵に九名有り。此に三つを処(お)く。嘗みに又た与に来たれ」と。明日、又た之と壺子に見ゆ。立ちて未だ定まらざるに、自失して走る。壺子曰く、「之を追え」と。列子之を追うも及ばず、反りて以て壺子に報じて曰く、「已に滅せり、已に失せり。吾及ばざるなり」と。壺子曰く、「郷に吾之に示すに未だ始めより吾が宗を出でざるを以てせり。吾之と虚にして委蛇(いい)たり。其の誰何(たれ)なるを知らず。因りて以て弟靡(ていび)と為し、因りて以て波流と為す。故に逃げたるなり」と。然る後に列子は自ら以て未だ始めより学ばずと為して帰り、三年出でず。其の妻の為に爨(かし)ぎ、豕(ぶた)を食(やしな)うこと人を食うが如し。事に於いて与に親しむ無く、彫琢(ちょうたく)して朴(ぼく)に復(かえ)る。塊然(かいぜん)として独り其の形を以て立つ。紛(ふん)として封(ふう)ぜられ、一に是を以て終わる。
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