列子 / 天瑞篇
粥熊曰:「運轉亡已、天地密移、疇覺之哉?故物損於彼者盈於此、成於此者虧於彼。損盈成虧、隨世隨死。往來相接、間不可省、疇覺之哉?凡一氣不頓進、一形不頓虧、亦不覺其成、亦不覺其虧。亦如人自世至老、貌色智態、亡日不異、皮膚爪髮、隨世隨落、非嬰孩時有停而不易也。間不可覺、俟至後知。」
新字:粥熊曰:「運転亡已、天地密移、疇覚之哉?故物損於彼者盈於此、成於此者虧於彼。損盈成虧、随世随死。往来相接、間不可省、疇覚之哉?凡一気不頓進、一形不頓虧、亦不覚其成、亦不覚其虧。亦如人自世至老、貌色智態、亡日不異、皮膚爪髪、随世随落、非嬰孩時有停而不易也。間不可覚、俟至後知。」
書き下し
粥熊曰く、運轉して已むこと亡く、天地は密かに移る。疇か之を覺らんや。故に物の彼に損する者は此に盈ち、此に成る者は彼に虧く。損盈成虧は、世に隨いて死に隨う。往來相い接し、間は省すべからず。疇か之を覺らんや。凡そ一氣は頓かに進まず、一形は頓かに虧けず。亦た其の成るを覺えず、亦た其の虧くるを覺えず。亦た人の世より老に至るまで、貌色智態、日として異ならざる亡く、皮膚爪髮、世に隨いて落つるが如し。嬰孩の時に停まりて易わらざるに非ざるなり。間は覺るべからず、後に至るを俟ちて知る、と。
現代語訳
粥熊は言った。「めぐりは止まることなく、天地はひそかに移り変わっている。誰がそれに気づけるだろうか。だから、あちらで減ったものはこちらで満ち、こちらで成ったものはあちらで欠ける。減ることも満ちることも、成ることも欠けることも、時とともに生じ時とともに滅びる。行き来は途切れなく接していて、その隙間を見分けることはできない。誰がそれに気づけるだろうか。そもそも気は一気に進むものではなく、形は一気に欠けるものではない。だから成っていくことにも気づかず、欠けていくことにも気づかない。人が生まれて老いるまで、顔つきも肌の色も知恵も態度も、変わらない日は一日もなく、皮膚も爪も髪も、時とともに落ちていくのと同じだ。赤ん坊のときのまま止まっていて変わらないのではない。その隙間は感じ取れず、後になってはじめて分かる」。
解説
この章句が説くこと
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論語・微子篇斉人、女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る。
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『韓非子』老第二十一小を見るを明と謂う。
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