列子 / 説符篇
楊朱曰:「行善不以爲名、而名從之、名不與利期、而利歸之、利不與爭期、而爭及之、故君子必慎爲善。」
新字:楊朱曰:「行善不以為名、而名従之、名不与利期、而利帰之、利不与争期、而争及之、故君子必慎為善。」
書き下し
楊朱曰く、善を行いて以て名を爲さざるも、而も名之に從う。名は利と期せざるも、而も利之に歸す。利は爭いと期せざるも、而も爭い之に及ぶ。故に君子は必ず善を爲すを慎む、と。
現代語訳
楊朱は言った。「善を行って名を求めなくても、名はついてくる。名は利益を約束しないが、利益はそこへ集まる。利益は争いを約束しないが、争いはそこへ及ぶ。だから君子は、善を行うことにも必ず慎重である」。
解説
善を行う。すると名がつき、名に利が集まり、利に争いが及ぶ。四段の連鎖が、すべて意図せずに進みます。誰も望んでいないのに、善から争いに行き着く。だから「君子は必ず善を爲すを慎む」。善行を控えろという意味ではなく、その先に何が来るかを見越して行え、ということです。組織で良い取り組みが評価され、予算がつき、部門間の綱引きになる。よくある経路です。始めた本人が最も驚きます。善であることは、その連鎖を止めません。始める段階で、名と利をどう扱うかまで設計しておく必要があります。
この章句が説くこと
善を行いて以て名を為さざるも名之に従う利は争いと期せざるも争い之に及ぶ君子は必ず善を為すを慎む
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