列子 / 説符篇
昔人言有知不死之道者、燕君使人受之、不捷、而言者死。燕君甚怒、其使者將加誅焉。幸臣諫曰:「人所憂者莫急乎死、己所重者莫過乎生。彼自喪其生、安能令君不死也?」乃不誅。有齊子亦欲學其道、聞言者之死、乃撫膺而恨。富子聞而笑之曰:「夫所欲學不死、其人已死而猶恨之、是不知所以爲學。」
新字:昔人言有知不死之道者、燕君使人受之、不捷、而言者死。燕君甚怒、其使者将加誅焉。幸臣諫曰:「人所憂者莫急乎死、己所重者莫過乎生。彼自喪其生、安能令君不死也?」乃不誅。有斉子亦欲学其道、聞言者之死、乃撫膺而恨。富子聞而笑之曰:「夫所欲学不死、其人已死而猶恨之、是不知所以為学。」
書き下し
昔人に不死の道を知ると言う者有り。燕君人をして之を受けしむるも、捷からずして、言う者死す。燕君甚だ怒り、其の使者に將に誅を加えんとす。幸臣諫めて曰く、人の憂うる所は死より急なるは莫し。己の重んずる所は生に過ぐるは莫し。彼自ら其の生を喪う。安んぞ能く君をして死せざらしめんや、と。乃ち誅せず。齊子なる者有り、亦た其の道を學ばんと欲す。言う者の死せるを聞き、乃ち膺を撫して恨む。富子聞きて之を笑いて曰く、夫れ學ばんと欲する所は不死なり。其の人已に死せるに猶お之を恨むは、是れ學を爲す所以を知らざるなり、と。
現代語訳
昔、不死の道を知っていると言う者がいた。燕の君主が人をやってそれを教わらせたが、間に合わず、言った当人が死んでしまった。燕の君主はたいそう怒り、使者を処刑しようとした。寵臣が諫めて言った。「人が憂えることで死より切実なものはなく、自分が重んじるもので生にまさるものはありません。あの者は自分の生を失いました。どうして君を死なせないようにできましょう」。そこで処刑をやめた。斉子という者がいて、やはりその道を学びたいと思っていた。言った当人が死んだと聞いて、胸を叩いて悔しがった。富子はそれを聞いて笑って言った。「そもそも学ぼうとしたのは不死である。その人がすでに死んだのに、なお悔しがるのは、学ぶということが分かっていない」。
解説
不死を説く者が死んだ。だから彼の説は嘘だった。これがまず一つの筋です。寵臣の弁護も、富子の嘲笑も、同じ論法に立っています。説く者が実現していないなら、その説は無効だ、と。実務でもよく使われる論法です。自分でやったことのない人の助言は聞かない、成功していない人のノウハウは価値がない。ほとんどの場面でこの論法は正しく働きます。だからこそ、次の段で胡子が持ち出す反論が効いてきます。この段だけで読み終えると、話の半分しか受け取れません。
この章句が説くこと
不死の道を知ると言う者言う者死す其の人已に死せるに猶お之を恨む学を為す所以を知らざるなり
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