列子 / 周穆王篇
老成子歸、用尹文先生之言、深思三月、遂能存亡自在、憣校四時、冬起雷、夏造冰、飛者走、走者飛、終身不箸其術、故世莫傳焉。子列子曰:「善爲化者、其道密庸、其功同人。五帝之德、三王之功、未必盡智勇之力、或由化而成。孰測之哉?」
新字:老成子帰、用尹文先生之言、深思三月、遂能存亡自在、憣校四時、冬起雷、夏造冰、飛者走、走者飛、終身不箸其術、故世莫伝焉。子列子曰:「善為化者、其道密庸、其功同人。五帝之徳、三王之功、未必尽智勇之力、或由化而成。孰測之哉?」
書き下し
老成子歸り、尹文先生の言を用いて、深く思うこと三月、遂に能く存亡自在にして、四時を憣校し、冬に雷を起こし、夏に冰を造り、飛ぶ者を走らせ、走る者を飛ばしむ。終身其の術を箸わさず。故に世に傳うる莫し。子列子曰く、善く化を爲す者は、其の道密かに庸き、其の功は人に同じ。五帝の德、三王の功も、未だ必ずしも盡くは智勇の力ならず。或いは化に由りて成る。孰か之を測らんや、と。
現代語訳
老成子は帰って、尹文先生の言葉をもとに三か月深く考えた。ついに存在と消滅を自在にし、四季を入れ替え、冬に雷を起こし、夏に氷をつくり、飛ぶものを走らせ、走るものを飛ばせるようになった。だが生涯その術を表に出さなかった。だから世に伝わらなかった。列子は言った。「よく化を行う者は、その道がひそかに働き、その働きぶりは普通の人と変わらない。五帝の徳も、三王の功績も、必ずしもすべてが知恵と勇気の力によるものではない。あるいは化によって成ったのかもしれない。誰にそれが測れよう」。
解説
三年教わらず、三か月考えて到達した。そして生涯それを表に出さなかったので、世に伝わらなかった、と書かれています。技を得たあとで最も自然な行動は、使って示すことです。彼はしなかった。列子の評がその理由を説明します。よく化を行う者は、その働きぶりが普通の人と変わらない。目立つのは浅い技のほうだ、と前段で言われていました。そして最後の一行が効きます。歴代の聖王の功績も、実は化によるものかもしれない、誰にも測れない、と。目に見える能力で説明できることのほうが、たぶん少ない。人事評価をしている人には、ずいぶん不都合な指摘です。
この章句が説くこと
終身其の術を箸わさず善く化を為す者は其の道密かに庸き其の功は人に同じ孰か之を測らん
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