列子 / 仲尼篇
中山公子牟者、魏國之賢公子也、好與賢人游、不恤國事、而悅趙人公孫龍。樂正子輿之徒笑之。公子牟曰:「子何笑牟之悅公孫龍也?」子輿曰:「公孫龍之爲人也、行無師、學無友、佞給而不中、漫衍而無家、好怪而妄言、欲惑人之心、屈人之口、與韓檀等肄之。」
新字:中山公子牟者、魏国之賢公子也、好与賢人游、不恤国事、而悅趙人公孫竜。楽正子輿之徒笑之。公子牟曰:「子何笑牟之悅公孫竜也?」子輿曰:「公孫竜之為人也、行無師、学無友、佞給而不中、漫衍而無家、好怪而妄言、欲惑人之心、屈人之口、与韓檀等肄之。」
書き下し
中山の公子牟は、魏國の賢公子なり。賢人と游ぶを好み、國事を恤えず。而して趙人公孫龍を悅ぶ。樂正子輿の徒之を笑う。公子牟曰く、子何ぞ牟の公孫龍を悅ぶを笑うか、と。子輿曰く、公孫龍の人と爲りや、行いに師無く、學に友無し。佞給にして中らず、漫衍にして家無し。怪を好みて妄言し、人の心を惑わし、人の口を屈せしめんと欲す。韓檀等と之を肄う、と。
現代語訳
中山の公子牟は、魏の国の賢い公子であった。賢者と交わるのを好み、国政を顧みなかった。そして趙の人・公孫龍を高く買っていた。楽正子輿の一派はそれを笑った。公子牟は言った。「あなたはどうして、私が公孫龍を評価するのを笑うのか」。子輿は言った。「公孫龍という人間は、行いに師がなく、学問に友がない。口は達者だが的を外し、話は散らかって落ち着く家がない。奇矯なことを好んででたらめを言い、人の心を惑わし、人の口を封じようとする。韓檀たちと組んでそれを練習しているのだ」。
解説
批判の中身が具体的です。行いに師がなく、学問に友がない。口は達者だが的を外し、話は散らかって落ち着く先がない。人を言い負かすことを練習している。詭弁家への評として、ずいぶん的確です。とくに「師無く友無し」の指摘が重い。誰にも正されず、誰とも突き合わせていない議論は、どれほど精緻でも検証されていません。現代でも、独自の理論を磨き上げた人が孤立しているとき、この批判は当たります。ただしこの段は、批判した側を正解にしません。次で公子牟が反論し、そのあと子輿がもう一度返します。列子は、どちらにも決着をつけません。
この章句が説くこと
行いに師無く学に友無し佞給にして中らず漫衍にして家無し人の口を屈せしめんと欲す
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