列子 / 仲尼篇
目將眇者、先睹秋毫、耳將聾者、先聞蚋飛、口將爽者、先辨淄澠、鼻將窒者、先覺焦朽、體將僵者、先亟犇佚、心將迷者、先識是非、故物不至者則不反。
新字:目将眇者、先睹秋毫、耳将聾者、先聞蚋飛、口将爽者、先弁淄澠、鼻将窒者、先覚焦朽、体将僵者、先亟犇佚、心将迷者、先識是非、故物不至者則不反。
書き下し
目の將に眇せんとする者は、先ず秋毫を睹る。耳の將に聾せんとする者は、先ず蚋の飛ぶを聞く。口の將に爽わんとする者は、先ず淄澠を辨ず。鼻の將に窒がらんとする者は、先ず焦朽を覺ゆ。體の將に僵れんとする者は、先ず亟かに犇佚す。心の將に迷わんとする者は、先ず是非を識る。故に物は至らざる者は則ち反らず。
現代語訳
目が見えなくなろうとする者は、まず秋の獣の細い毛まで見える。耳が聞こえなくなろうとする者は、まず蚊の飛ぶ音まで聞こえる。口の味覚が失われようとする者は、まず淄水と澠水の味の違いまで分かる。鼻がきかなくなろうとする者は、まず焦げや腐りの匂いまで感じ取る。体が動かなくなろうとする者は、まず速く走りまわる。心が迷おうとする者は、まず善し悪しをはっきり見分ける。だから、物は極まらないうちは引き返さない。
解説
能力が失われる直前に、その能力は最高に冴える。目も耳も舌も鼻も体も、そして心も。最後の一つが効きます。心が迷おうとする者は、まず善し悪しをはっきり見分ける。判断力が鋭くなったと感じているとき、それは迷いの入口かもしれない、という指摘です。極まったものは反転するという法則を、六つの例で示している。実務では、絶好調のときにこそこの一節を思い出す価値があります。判断が冴え、すべて見通せる気がしているとき、それが頂点である可能性は無視できない。頂点を過ぎたと分かるのは、いつも後になってからです。前もって分かる唯一の手がかりが、「いま冴えている」という感覚なのかもしれません。
この章句が説くこと
目の将に眇せんとする者は先ず秋毫を睹る心の将に迷わんとする者は先ず是非を識る物は至らざる者は反らず兆候
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