列子 / 湯問篇
從中州以東四十萬里得僬僥國、人長一尺五寸。東北極有人名曰諍人、長九寸。荆之南有冥靈者、以五百歲爲春、五百歲爲秋。上古有大椿者、以八千歲爲春、八千歲爲秋。朽壤之上有菌芝者、生於朝、死於晦。春夏之月有蠓蚋者、因雨而生、見陽而死。
新字:従中州以東四十万里得僬僥国、人長一尺五寸。東北極有人名曰諍人、長九寸。荆之南有冥霊者、以五百歳為春、五百歳為秋。上古有大椿者、以八千歳為春、八千歳為秋。朽壤之上有菌芝者、生於朝、死於晦。春夏之月有蠓蚋者、因雨而生、見陽而死。
書き下し
中州より以東四十萬里にして僬僥國を得。人の長さ一尺五寸。東北の極に人有り、名づけて諍人と曰う。長さ九寸。荆の南に冥靈なる者有り。五百歲を以て春と爲し、五百歲を以て秋と爲す。上古に大椿なる者有り。八千歲を以て春と爲し、八千歲を以て秋と爲す。朽壤の上に菌芝なる者有り。朝に生じ、晦に死す。春夏の月に蠓蚋なる者有り。雨に因りて生じ、陽を見て死す。
現代語訳
中原から東へ四十万里行くと僬僥の国がある。人の背丈は一尺五寸。東北の果てに人がいて、諍人という。背丈は九寸である。荆の南に冥霊という木がある。五百年を春とし、五百年を秋とする。太古に大椿という木があった。八千年を春とし、八千年を秋とする。朽ちた土の上に菌芝というものがある。朝に生じ、月末には死ぬ。春夏の月に蠓蚋という虫がいる。雨によって生まれ、日が照れば死ぬ。
解説
背丈は一尺五寸から数十丈まで、寿命は半日から三万二千年まで。並べられているだけで、どれが正常だとも書かれていません。八千年を一つの季節とする木にとって、一年しか生きない人間はどう見えるか。逆に、朝に生まれて夕に死ぬ菌にとって、人間の一生はどう見えるか。時間の尺度が違えば、同じ出来事の意味が変わります。事業の判断でも、同じことが起きます。四半期で見る人と、十年で見る人は、同じ数字を見て正反対の結論を出す。どちらが正しいのではなく、尺度が違う。会議で議論が噛み合わないとき、たいてい原因はここにあります。
この章句が説くこと
僬僥国人の長さ一尺五寸冥霊は五百歳を春と為す大椿は八千歳を春と為す菌芝は朝に生じ晦に死す
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