列子 / 力命篇
魏人有東門吳者、其子死而不憂。其相室曰:「公之愛子、天下無有。今子死不憂、何也?」東門吳曰:「吾常無子、無子之時不憂。今子死、乃與嚮無子同、臣奚憂焉?」
新字:魏人有東門吳者、其子死而不憂。其相室曰:「公之愛子、天下無有。今子死不憂、何也?」東門吳曰:「吾常無子、無子之時不憂。今子死、乃与嚮無子同、臣奚憂焉?」
書き下し
魏人に東門吳なる者有り。其の子死するも憂えず。其の相室曰く、公の子を愛すること、天下に有る無し。今子死して憂えざるは、何ぞや、と。東門吳曰く、吾常に子無し。子無きの時憂えず。今子死す。乃ち嚮の子無きと同じ。臣奚ぞ憂えんや、と。
現代語訳
魏の人に東門呉という者がいた。その子が死んだのに悲しまなかった。家宰が言った。「あなたの子への愛は、天下に比べるものがありませんでした。いま子が死んだのに悲しまないのは、なぜですか」。東門呉は言った。「私にはもともと子がいなかった。子がいなかったころは悲しまなかった。いま子が死んだ。つまり以前の、子がいなかったころと同じである。私がどうして悲しむことがあろう」。
解説
子を失って悲しまない父親の理屈は、単純です。もともといなかった状態に戻っただけだ、と。冷たく響きますが、この論法は失ったものすべてに使えます。無かったところに戻るなら、失ったのではない。事業を畳んだとき、地位を離れたとき、同じ計算ができます。ただし、この話を読んで違和感が残るのが自然です。列子はその違和感を消そうとしていません。次の段で「命がそうさせる」と締めるだけです。理屈として成り立つことと、そう感じられることは別だと知ったうえで、それでもこの理屈を置いている。使えるときにだけ使えばよい道具として、ここにあります。
この章句が説くこと
其の子死するも憂えず吾常に子無し子無きの時憂えず乃ち嚮の子無きと同じ
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『列子』力命篇生は之を貴びて能く存する所に非ず。身は之を愛して能く厚くする所に非ず。生も亦た之を賤しみて能く夭くする所に非ず。身も亦た之を輕んじて能く薄くする所に非ず。故に之を貴びて或いは生きず、之を賤しみて或いは死せず、之を愛して或いは厚からず、之を輕んじて或いは薄からず。此れ反に似たり、反に非ざるなり。此れ自ら生き自ら死し、自ら厚く自ら薄きなり。或いは之を貴びて生き、或いは之を賤しみて死し、或いは之を愛して厚く、或いは之を輕んじて薄し。此れ順に似たり、順に非ざるなり。此れも亦た自ら生き自ら死し、自ら厚く自ら薄きなり。鬻熊文王に語げて曰く、自ら長きは增す所に非ず、自ら短きは損ずる所に非ず。算の亡き所を若何せん、と。老聃關尹に語げて曰く、天の惡む所、孰か其の故を知らん、と。天意を迎え、利害を揣るは、其の已むに如かざるを言うなり。
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