列子 / 湯問篇
扁鵲遂飲二人毒酒、迷死三日、剖胷探心、易而置之、投以神藥、既悟如初。二人辭歸。於是公扈反齊嬰之室、而有其妻子、妻子弗識。齊嬰亦反公扈之室、有其妻子、妻子亦弗識。二室因相與訟、求辨於扁鵲。扁鵲辨其所由、訟乃已。
新字:扁鵲遂飲二人毒酒、迷死三日、剖胷探心、易而置之、投以神薬、既悟如初。二人辞帰。於是公扈反斉嬰之室、而有其妻子、妻子弗識。斉嬰亦反公扈之室、有其妻子、妻子亦弗識。二室因相与訟、求弁於扁鵲。扁鵲弁其所由、訟乃已。
書き下し
扁鵲遂に二人に毒酒を飲ましめ、迷死すること三日。胷を剖き心を探り、易えて之を置き、投ずるに神藥を以てす。既に悟むれば初めの如し。二人辭して歸る。是に於いて公扈は齊嬰の室に反り、其の妻子を有つ。妻子識らず。齊嬰も亦た公扈の室に反り、其の妻子を有つ。妻子も亦た識らず。二室因りて相い與に訟う。辨を扁鵲に求む。扁鵲其の由る所を辨じ、訟乃ち已む。
現代語訳
扁鵲はそこで二人に毒酒を飲ませ、三日のあいだ仮死状態にした。胸を切り開いて心臓を取り出し、入れ替えて置き、そこに霊薬を注いだ。目覚めてみると元どおりであった。二人は礼を言って帰った。ところが公扈は斉嬰の家に帰って、その妻子を自分のものとした。妻子は彼が誰だか分からない。斉嬰もまた公扈の家に帰って、その妻子を自分のものとした。妻子もやはり分からない。二つの家はそこで互いに訴え出た。判定を扁鵲に求めた。扁鵲がそのいきさつを説明して、訴訟はようやく収まった。
解説
手術は成功しました。二人とも過不足のない人間になった。ところが、それぞれが相手の家に帰ってしまう。心が入れ替わったので、帰る家も入れ替わった。家族は誰も分からない。ここが要点です。人の同一性は、体ではなく心の側にあると扱われている。しかも、その結論は本人たちにとって幸せではありませんでした。過不足のない人間になった代償に、家族との関係が壊れた。能力を補正するために人を作り替えたとき、その人が誰であるかも一緒に変わる。人事や育成が「その人らしさ」を扱うとき、これは無視できない問いです。扁鵲は説明して訴訟を収めましたが、二つの家庭は元に戻っていません。
この章句が説くこと
胷を剖き心を探り易えて之を置く公扈は斉嬰の室に反る妻子識らず扁鵲其の由る所を弁ず謙虚
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