列子 / 周穆王篇
四海之齊謂中央之國、跨河南北、越岱東西、萬有餘里。其陰陽之審度、故一寒一暑、昏明之分察、故一晝一夜。其民有智有愚。萬物滋殖、才藝多方。有君臣相臨、禮法相持。其所云爲不可稱計。一覺一寐、以爲覺之所爲者實、夢之所見者妄。
新字:四海之斉謂中央之国、跨河南北、越岱東西、万有余里。其陰陽之審度、故一寒一暑、昏明之分察、故一昼一夜。其民有智有愚。万物滋殖、才芸多方。有君臣相臨、礼法相持。其所云為不可称計。一覚一寐、以為覚之所為者実、夢之所見者妄。
書き下し
四海の齊しきを中央の國と謂う。河の南北に跨り、岱の東西を越え、萬有餘里なり。其れ陰陽審らかに度らる、故に一たび寒く一たび暑し。昏明の分れ察らかなり、故に一たび晝あり一たび夜あり。其の民に智有り愚有り。萬物滋殖し、才藝多方なり。君臣有りて相い臨み、禮法有りて相い持す。其の云爲する所は稱げ計うべからず。一たび覺め一たび寐ね、以爲えらく覺めて爲す所の者を實とし、夢に見る所の者を妄とす。
現代語訳
四方の海のあいだで釣り合いのとれたところを、中央の国という。黄河の南北にまたがり、泰山の東西を越え、一万里あまりに及ぶ。そこは陰陽がはっきり測られているので、寒い時期と暑い時期が交互に来る。暗さと明るさの分かれ目がはっきりしているので、昼と夜が交互に来る。その民には賢い者も愚かな者もいる。万物が繁り育ち、才能と技芸が多方面にわたる。君と臣がいて互いに臨み、礼と法があって互いに支え合う。その言うこと為すことは数え上げられないほどである。一度目覚め一度眠り、目覚めているときにすることを本当のこととし、夢に見るものを偽りとする。
解説
これが私たちの住む国です。前の古莽の国と、まったく同じ文体で書かれているところが眼目です。異国を紹介したあとに自国を紹介するのではなく、三つの国の一つとして並べている。君臣があり礼法があり、才能があり賢愚がある。それらすべてが、寒暑と昼夜がはっきり分かれているという条件の上に立っている。制度も文明も、条件から生まれた一つの解にすぎないという見方です。自社の仕組みを説明するときも、同じ距離で語れるかどうかが問われます。うちはこうやってきた、と誇るのではなく、こういう条件だからこうしている、と言えるか。条件が変われば変えられる、という含みが、そこで初めて生まれます。
この章句が説くこと
四海の斉しきを中央の国と謂う一たび覚め一たび寐ぬ君臣相い臨み礼法相い持す
関連する章句
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