列子 / 周穆王篇
宋陽里華子中年病忘、朝取而夕忘、夕與而朝忘、在塗則忘行、在室則忘坐、今不識先、後不識今。闔室毒之、謁史而卜之、弗占、謁巫而禱之、弗禁、謁醫而攻之、弗已。魯有儒生自媒能治之、華子之妻子以居產之半請其方。儒生曰:「此固非卦兆之所占、非祈請之所禱、非藥石之所攻。吾試化其心、變其慮、庶幾其瘳乎!」
新字:宋陽里華子中年病忘、朝取而夕忘、夕与而朝忘、在塗則忘行、在室則忘坐、今不識先、後不識今。闔室毒之、謁史而卜之、弗占、謁巫而禱之、弗禁、謁医而攻之、弗已。魯有儒生自媒能治之、華子之妻子以居産之半請其方。儒生曰:「此固非卦兆之所占、非祈請之所禱、非薬石之所攻。吾試化其心、変其慮、庶幾其瘳乎!」
書き下し
宋の陽里華子、中年にして忘るるを病む。朝に取りて夕に忘れ、夕に與えて朝に忘る。塗に在れば則ち行くを忘れ、室に在れば則ち坐するを忘る。今は先を識らず、後は今を識らず。闔室之を毒とし、史に謁して之を卜わしむるも、占わず。巫に謁して之を禱らしむるも、禁ぜず。醫に謁して之を攻めしむるも、已まず。魯に儒生有り、自ら媒して能く之を治すと。華子の妻子、居產の半ばを以て其の方を請う。儒生曰く、此れ固より卦兆の占う所に非ず、祈請の禱る所に非ず、藥石の攻むる所に非ず。吾試みに其の心を化し、其の慮を變ぜん。庶幾わくは其れ瘳えんか、と。
現代語訳
宋の陽里華子は、中年になって物忘れの病になった。朝に受け取ったものを夕方には忘れ、夕方に与えたものを朝には忘れる。道にいれば歩いていることを忘れ、部屋にいれば座っていることを忘れる。いまが以前を覚えておらず、あとがいまを覚えていない。家じゅうがこれを苦にして、占い師に頼んで占わせたが、占いは出ない。巫女に頼んで祈らせたが、止まらない。医者に頼んで治療させたが、やまない。魯に儒者がいて、自分から売り込んで、これを治せると言った。華子の妻と子は、家産の半分を差し出してその処方を頼んだ。儒者は言った。「これはもともと卦や兆しで占うものでもなく、祈りで願うものでもなく、薬や鍼で治すものでもない。私はためしにその心を変え、その思いを変えてみましょう。おそらく治るでしょう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』周穆王篇宋人執えて其の以を問う。華子曰く、曩に吾忘れしとき、蕩蕩然として天地の有無を覺えず。今頓かに既往を識り、數十年來の存亡・得失・哀樂・好惡、擾擾として萬緒起これり。吾恐る、將來の存亡・得失・哀樂・好惡の吾が心を亂すこと此くの如からんことを。須臾の忘れ、復た得べけんや、と。子貢聞きて之を怪しみ、以て孔子に告ぐ。孔子曰く、此れ汝の及ぶ所に非ざるか、と。顧みて顏回に謂いて之を紀さしむ。
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『列子』周穆王篇是に於いて試みに之を露わにして、衣を求めしむ。之を飢えしめて、食を求めしむ。之を幽くして、明を求めしむ。儒生欣然として其の子に告げて曰く、疾は已ゆべきなり。然れども吾の方は密なり、世を傳うるも以て人に告げず。試みに左右を屏け、獨り與に室に居ること七日せん、と。之に從う。其の施爲する所を知る莫くして、積年の疾一朝にして都て除かる。華子既に悟り、迺ち大いに怒り、妻を黜け子を罰し、戈を操りて儒生を逐う。
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『列子』周穆王篇秦人逢氏に子有り。少くして惠く、壯に及びて迷罔の疾有り。歌を聞きて以て哭と爲し、白を視て以て黑と爲し、香を饗して以て朽と爲し、甘を嘗めて以て苦と爲し、非を行いて以て是と爲す。意の之く所、天地・四方・水火・寒暑、倒錯せざる者無し。楊氏其の父に告げて曰く、魯の君子は術藝多し。將に能く已やさんか。汝奚ぞ焉に訪わざる、と。其の父魯に之き、陳を過ぎ、老聃に遇う。因りて其の子の證を告ぐ。
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『列子』仲尼篇龍叔文摯に謂いて曰く、子の術は微なり。吾に疾有り。子能く已やすか、と。文摯曰く、唯だ命の聽く所なり。然れども先ず子の病む所の證を言え、と。龍叔曰く、吾は鄉に譽めらるるも以て榮と爲さず、國に毀らるるも以て辱と爲さず。得るも喜ばず、失うも憂えず。生を視ること死の如く、富を視ること貧の如く、人を視ること豕の如く、吾を視ること人の如し。吾の家に處ること、逆旅の舍の如く、吾の鄉を觀ること、戎蠻の國の如し。凡そ此の衆疾、爵賞も勸むる能わず、刑罰も威す能わず、盛衰・利害も易うる能わず、哀樂も移す能わず。固より國君に事え、親友に交わり、妻子を御し、僕隸を制する可からず。此れ奚の疾ぞや。奚の方か能く之を已やさんや、と。
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『列子』湯問篇魯の公扈・趙の齊嬰の二人疾有り。同に扁鵲に請いて治を求む。扁鵲之を治す。既に同に愈ゆ。公扈・齊嬰に謂いて曰く、汝の曩の疾む所は、外より府藏を干す者なり。固より藥石の已やす所なり。今偕生の疾有り、體と偕に長ず。今汝が爲に之を攻めば、何如、と。二人曰く、願わくは先ず其の驗を聞かん、と。扁鵲公扈に謂いて曰く、汝は志彊くして氣弱し。故に謀に足りて斷に寡し。齊嬰は志弱くして氣彊し。故に慮に少なくして專らなるに傷る。若し汝の心を換えなば、則ち善に均しからん、と。
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『列子』力命篇其の子曉らず、終に三醫に謁す。一に矯氏と曰い、二に俞氏と曰い、三に盧氏と曰う。其の疾む所を診す。矯氏季梁に謂いて曰く、汝は寒溫節せず、虛實度を失す。病は飢飽色欲に由る。精慮煩散すればなり。天に非ず鬼に非ず。漸ると雖も、攻むべきなり、と。季梁曰く、衆醫なり。亟かに之を屏けよ、と。俞氏曰く、女始めは則ち胎氣足らず、乳湩餘り有り。病は一朝一夕の故に非ず。其の由りて來たる所漸くなり。已やすべからざるなり、と。季梁曰く、良醫なり。且く之に食わしめよ、と。盧氏曰く、汝の疾は天に由らず、亦た人に由らず、亦た鬼に由らず。生を稟け形を受くるに、既に之を制する者有り、亦た之を知る者有り。藥石其れ汝を如何せん、と。季梁曰く、神醫なり。重く貺して之を遣れ、と。俄かにして季梁の疾自ら瘳ゆ。