列子 / 湯問篇
周穆王大征西戎、西戎獻錕鋙之劍、火浣之布。其劍長尺有咫、練鋼赤刃、用之切玉如切泥焉。火浣之布、浣之必投於火、布則火色、垢則布色、出火而振之、皓然疑乎雪。皇子以爲無此物、傳之者妄。蕭叔曰:「皇子果於自信、果於誣理哉!」
新字:周穆王大征西戎、西戎献錕鋙之剣、火浣之布。其剣長尺有咫、練鋼赤刃、用之切玉如切泥焉。火浣之布、浣之必投於火、布則火色、垢則布色、出火而振之、皓然疑乎雪。皇子以為無此物、伝之者妄。蕭叔曰:「皇子果於自信、果於誣理哉!」
書き下し
周の穆王大いに西戎を征す。西戎錕鋙の劍、火浣の布を獻ず。其の劍は長さ尺有咫、練鋼にして赤刃なり。之を用いて玉を切ること泥を切るが如し。火浣の布は、之を浣うに必ず火に投ず。布は則ち火の色、垢は則ち布の色なり。火を出でて之を振るえば、皓然として雪かと疑う。皇子以爲えらく此の物無し、之を傳うる者は妄なりと。蕭叔曰く、皇子は自ら信ずるに果にして、理を誣うるに果なるかな、と。
現代語訳
周の穆王が大いに西戎を討った。西戎は錕鋙の剣と、火浣の布を献上した。その剣は長さ一尺八寸、鍛えた鋼で刃は赤い。これで玉を切れば、泥を切るようである。火浣の布は、洗うときには必ず火に投げ入れる。布は火の色になり、垢のほうが布の色になる。火から出して振れば、真っ白で雪かと見まがう。皇子は、そんな物はない、伝えた者はでたらめだと考えた。蕭叔は言った。「皇子は、自分を信じることに果断であり、道理をないがしろにすることに果断だな」。
解説
湯問篇の結びです。火で洗う布という、聞いたこともない物を献上された。皇子は「そんな物はない」と断じました。それに対する蕭叔の一言が痛烈です。自分を信じることに果断であり、道理をないがしろにすることに果断だ、と。二つが同じ一つのことだと言っている。自分の判断への確信が強いほど、道理を確かめずに切り捨てる。しかも本人には、それが慎重な判断に見えます。湯問篇はここまで、常識では受け入れがたい話を延々と並べてきました。その最後に置かれたのがこの一行です。信じろとは言っていません。無いと断じる前に確かめたか、と問うているだけです。
この章句が説くこと
火浣の布之を浣うに必ず火に投ず自ら信ずるに果にして理を誣うるに果なるかな
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