列子 / 仲尼篇
子列子曰:「得意者無言、進知者亦無言。用無言爲言亦言、無知爲知亦知。無言與不言、無知與不知、亦言亦知。亦無所不言、亦無所不知、亦無所言、亦無所知。如斯而已、汝奚妄駭哉?」
新字:子列子曰:「得意者無言、進知者亦無言。用無言為言亦言、無知為知亦知。無言与不言、無知与不知、亦言亦知。亦無所不言、亦無所不知、亦無所言、亦無所知。如斯而已、汝奚妄駭哉?」
書き下し
子列子曰く、意を得たる者は言無く、知に進む者も亦た言無し。無言を用いて言と爲すも亦た言なり、無知を知と爲すも亦た知なり。無言と不言と、無知と不知と、亦た言なり亦た知なり。亦た言わざる所無く、亦た知らざる所無く、亦た言う所無く、亦た知る所無し。斯くの如きのみ。汝奚ぞ妄りに駭くか、と。
現代語訳
列子は言った。「意を得た者には言葉がなく、知に進んだ者にもまた言葉がない。言葉が無いことを言葉とするのも、やはり言葉である。知が無いことを知とするのも、やはり知である。言葉が無いことと言わないこと、知が無いことと知らないこと、それらもやはり言葉であり知である。言わないところがなく、知らないところがなく、言うところがなく、知るところもない。ただそれだけのことだ。お前たちはどうしてむやみに驚くのか」。
解説
言葉を否定した瞬間に、それも言葉になる。知を否定した瞬間に、それも知になる。列子はその往復を四重に重ねてから、「ただそれだけのことだ」と締めます。門人たちが驚いたのは、南郭子が序列を無視して末席の弟子に話しかけたことでした。それに対する答えが、この言葉です。誰に話すか話さないかは、意味の階層に属していない。門人たちは、誰と話すかを地位の表明として読んでいた。二十年訪ね合わないことを不和と読んだのと、同じ癖です。組織のなかで、上司が誰に声をかけたか、誰と食事に行ったかを、人は絶えず意味として読み取ります。読み取られる側は、そのことを知っておく必要があります。
この章句が説くこと
意を得たる者は言無し無言を用いて言と為すも亦た言なり汝奚ぞ妄りに駭くか
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