列子 / 湯問篇
江浦之間生麼蟲、其名曰焦螟、羣飛而集於蚊睫、弗相觸也。栖宿去來、蚊弗覺也。離朱子羽方晝拭眥揚眉而望之、弗見其形、䚦俞師曠方夜擿耳俛首而聽之、弗聞其聲。唯黃帝與容成子居空峒之上、同齋三月、心死形廢、徐以神視、塊然見之、若嵩山之阿、徐以氣聽、砰然聞之、若雷霆之聲。
新字:江浦之間生麼虫、其名曰焦螟、羣飛而集於蚊睫、弗相触也。栖宿去来、蚊弗覚也。離朱子羽方昼拭眥揚眉而望之、弗見其形、䚦俞師曠方夜擿耳俛首而聴之、弗聞其声。唯黄帝与容成子居空峒之上、同斎三月、心死形廃、徐以神視、塊然見之、若嵩山之阿、徐以気聴、砰然聞之、若雷霆之声。
書き下し
江浦の間に麼蟲を生ず。其の名を焦螟と曰う。羣飛して蚊の睫に集まるも、相い觸れざるなり。栖宿去來すれども、蚊覺えざるなり。離朱・子羽方に晝に眥を拭い眉を揚げて之を望むも、其の形を見ず。䚦俞・師曠方に夜に耳を擿き首を俛れて之を聽くも、其の聲を聞かず。唯だ黄帝と容成子とのみ空峒の上に居り、同に齋すること三月、心死し形廢れ、徐ろに神を以て視るに、塊然として之を見ること、嵩山の阿の若し。徐ろに氣を以て聽くに、砰然として之を聞くこと、雷霆の聲の若し。
現代語訳
長江のほとりに小さな虫が生じる。名を焦螟という。群れ飛んで蚊のまつげに集まるが、互いに触れ合うことがない。そこに宿り行き来しても、蚊は気づかない。離朱と子羽が昼間に目をぬぐい眉を上げて見つめても、その姿は見えなかった。䚦俞と師曠が夜に耳をほじり首を垂れて聞いても、その音は聞こえなかった。ただ黄帝と容成子だけが空峒山の上にいて、ともに三か月身を清め、心を死なせ体を捨て、静かに神で見たところ、はっきりとそれが見えて、嵩山の中腹のように大きかった。静かに気で聞いたところ、轟々とそれが聞こえて、雷鳴のようだった。
解説
史上最高の視力を持つ離朱にも見えず、最高の聴力を持つ師曠にも聞こえなかった。感覚を極めても届かない、ということです。黄帝と容成子は三か月かけて心を死なせ体を捨ててから、神で見て気で聞いた。そして見えたものは嵩山ほどの大きさで、聞こえた音は雷鳴のようだった。小さいものが、別の見方をすると巨大になる。これは比喩として実務にそのまま持ち込めます。細部の異常は、通常の注意力をどれだけ研ぎ澄ませても見えません。見るモードを変えるしかない。数字を眺め続けるのをやめて現場に立つ、報告を読むのをやめて客に会う。感度を上げるのではなく、経路を変える話です。
この章句が説くこと
焦螟蚊の睫に集まる離朱其の形を見ず師曠其の声を聞かず神を以て視れば嵩山の阿の若し
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