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列子 / 仲尼篇

鄭之圃澤多賢、東里多才。圃澤之役有伯豐子者、行過東里、遇鄧析。鄧析顧其徒而笑曰:「爲若舞、彼來者奚若?」其徒曰:「所願知也。」鄧析謂伯豐子曰:「汝知養養之義乎?受人養而不能自養者、犬豕之類也、養物而物爲我用者、人之力也。使汝之徒食而飽、衣而息、執政之功也。長幼羣聚而爲牢藉庖廚之物、奚異犬豕之類乎?」

新字:鄭之圃沢多賢、東里多才。圃沢之役有伯豊子者、行過東里、遇鄧析。鄧析顧其徒而笑曰:「為若舞、彼来者奚若?」其徒曰:「所願知也。」鄧析謂伯豊子曰:「汝知養養之義乎?受人養而不能自養者、犬豕之類也、養物而物為我用者、人之力也。使汝之徒食而飽、衣而息、執政之功也。長幼羣聚而為牢藉庖廚之物、奚異犬豕之類乎?」

書き下し

鄭の圃澤に賢多く、東里に才多し。圃澤の役に伯豐子なる者有り。行きて東里を過ぎ、鄧析に遇う。鄧析其の徒を顧みて笑いて曰く、若の爲に舞わん。彼の來たる者は奚若、と。其の徒曰く、願わくは知らんとする所なり、と。鄧析伯豐子に謂いて曰く、汝は養養の義を知るか。人に養われて自ら養う能わざる者は、犬豕の類なり。物を養いて物我が用と爲る者は、人の力なり。汝の徒をして食らいて飽き、衣て息わしむるは、執政の功なり。長幼羣聚して牢藉庖廚の物と爲るは、奚ぞ犬豕の類に異ならんや、と。

現代語訳

鄭の圃沢には賢者が多く、東里には才人が多かった。圃沢の一党に伯豊子という者がいた。旅の途中で東里を通り、鄧析に出会った。鄧析は自分の弟子たちを振り返って笑い、「お前たちのために一つ演じてやろう。あそこから来る男はどんなものか」と言った。弟子たちは「ぜひ知りたいところです」と言った。鄧析は伯豊子に言った。「あなたは養い養われるという意味をご存じか。人に養われて自分を養えない者は、犬や豚の類だ。物を養って、その物が自分の用に立つようにするのが、人の力である。あなたの一党が食べて満腹し、着て休んでいられるのは、政をとる者の功績だ。老いも若きも群れ集まって、囲いや台所の物のようになっているのは、犬や豚の類と何が違うのか」。

解説

鄧析は名家の弁論家で、弟子の前で通りすがりの人物を論破してみせようとします。論理は明快です。人に養われて自分を養えないなら、家畜と同じだ。あなた方が食べていられるのは為政者のおかげだ、と。この理屈は、いまでも形を変えて使われます。会社があるから食えている、取引先があるから成り立っている。事実の一面を突いているので、言われた側は反論しにくい。ただし、この論法には決定的な穴があります。誰が誰を養っているかを、一方向でしか見ていないことです。次の段で、伯豊子ではなく、その従者がその穴を突きます。

この章句が説くこと

養養の義人に養われて自ら養う能わざる者は犬豕の類なり奚ぞ犬豕の類に異ならん

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