列子 / 楊朱篇
賓客在庭者日百住、庖廚之下不絕煙火、堂廡之上不絕聲樂。奉養之餘、先散之宗族、宗族之餘、次散之邑里、邑里之餘、乃散之一國。行年六十、氣幹將衰、棄其家事、都散其庫藏、珍寶、車服、妾媵。一年之中盡焉、不爲子孫留財。及其病也、無藥石之儲、及其死也、無瘞埋之資。一國之人受其施者、相與賦而藏之、反其子孫之財焉。
新字:賓客在庭者日百住、庖廚之下不絶煙火、堂廡之上不絶声楽。奉養之余、先散之宗族、宗族之余、次散之邑里、邑里之余、乃散之一国。行年六十、気幹将衰、棄其家事、都散其庫蔵、珍宝、車服、妾媵。一年之中尽焉、不為子孫留財。及其病也、無薬石之儲、及其死也、無瘞埋之資。一国之人受其施者、相与賦而蔵之、反其子孫之財焉。
書き下し
賓客の庭に在る者は日々に百住、庖廚の下は煙火を絕たず、堂廡の上は聲樂を絕たず。奉養の餘は、先ず之を宗族に散じ、宗族の餘は、次いで之を邑里に散じ、邑里の餘は、乃ち之を一國に散ず。行年六十、氣幹將に衰えんとし、其の家事を棄て、都て其の庫藏・珍寶・車服・妾媵を散ず。一年の中に盡く。子孫の爲に財を留めず。其の病むに及びてや、藥石の儲え無く、其の死するに及びてや、瘞埋の資無し。一國の人其の施しを受くる者、相い與に賦して之を藏り、其の子孫の財を反せり。
現代語訳
庭にいる賓客は日々百人を下らず、台所では煙が絶えず、座敷では音楽が絶えなかった。自分の暮らしに使った残りは、まず一族に分け与え、一族に配った残りは、次に村里に分け与え、村里に配った残りは、国じゅうに分け与えた。年六十になり、気力体力が衰えかけると、家の事を放り出し、蔵の財も珍宝も車も衣服も侍女も、すべて散じた。一年のうちに使い尽くした。子孫のために財産を残さなかった。病んだときには薬を買う蓄えがなく、死んだときには埋葬する費用もなかった。国じゅうの人で彼の施しを受けた者たちが、みなで金を出し合って葬り、その子孫に財産を返してやった。
解説
配る順序が明確です。自分、一族、村里、国。そして六十で全部を一年で散じ、子孫には何も残さなかった。病んでも薬が買えず、死んでも埋葬できない。ふつうなら失敗した人生の結末です。ところが、施しを受けた国じゅうの人が金を出し合って葬り、しかも子孫に財産を返した。使い切ったはずのものが、戻ってきている。ここは事業の資産形成として読めます。貯めた資産は相続の対象ですが、配った信用は戻ってくることがある。ただし、戻ってくることを当てにして配れば、この形にはなりません。彼は完全に使い切っていました。
この章句が説くこと
奉養の余は先ず之を宗族に散ず子孫の為に財を留めず瘞埋の資無し其の子孫の財を反せり
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