列子 / 仲尼篇
魯侯曰:「此增異矣。其道奈何?寡人終願聞之。」亢倉子曰:「我體合於心、心合於氣、氣合於神、神合於無。其有介然之有、唯然之音、雖遠在八荒之外、近在眉睫之內、來干我者、我必知之。乃不知是我七孔四支之所覺、心腹六藏之所知、其自知而已矣。」魯侯大悅。他日以告仲尼、仲尼笑而不答。
新字:魯侯曰:「此增異矣。其道奈何?寡人終願聞之。」亢倉子曰:「我体合於心、心合於気、気合於神、神合於無。其有介然之有、唯然之音、雖遠在八荒之外、近在眉睫之内、来干我者、我必知之。乃不知是我七孔四支之所覚、心腹六蔵之所知、其自知而已矣。」魯侯大悅。他日以告仲尼、仲尼笑而不答。
書き下し
魯侯曰く、此れ增々異なり。其の道は奈何。寡人終に之を聞かんことを願う、と。亢倉子曰く、我が體は心に合し、心は氣に合し、氣は神に合し、神は無に合す。其の介然たる有、唯然たる音有らば、遠く八荒の外に在り、近く眉睫の内に在りと雖も、來たりて我に干す者は、我必ず之を知る。乃ち是れ我が七孔四支の覺むる所、心腹六藏の知る所なるかを知らず。其れ自ら知るのみ、と。魯侯大いに悅ぶ。他日以て仲尼に告ぐ。仲尼笑いて答えず。
現代語訳
魯侯は言った。「それはますます不思議だ。その道はどのようなものか。ぜひとも聞かせてほしい」。亢倉子は言った。「私の体は心に合い、心は気に合い、気は神に合い、神は無に合っています。ほんのわずかな存在、かすかな音であっても、遠くは八方の果ての外にあろうと、近くはまつげの内にあろうと、こちらに触れてくるものは、私は必ずそれを知ります。それが自分の七つの穴と四肢が感じ取ったものなのか、心や腹や六つの臓が知ったものなのかは分かりません。ただおのずと知るだけです」。魯侯は大いに喜んだ。後日、そのことを孔子に話した。孔子は笑って答えなかった。
解説
体・心・気・神・無と重なっていく説明の要点は、最後の一行にあります。それが感覚器官によるものか内臓によるものか分からない、ただおのずと知るだけだ、と。どこで知ったかを特定できないことが、深く知っている証拠として置かれている。優れた実務家が「なんとなく分かる」と言うとき、説明を放棄しているのではなく、経路を特定できないほど統合されている場合があります。そして最後、魯侯から話を聞いた孔子は笑って答えませんでした。否定も肯定もしない。他人の境地について評を下さない態度として読めますし、言葉で扱うべきものではないという判断とも読めます。
この章句が説くこと
体は心に合し心は気に合し気は神に合し神は無に合す其れ自ら知るのみ仲尼笑いて答えず
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