列子 / 力命篇
鄧析操兩可之說、設無窮之辭、當子產執政、作《竹刑》。鄭國用之、數難子產之治。子產屈之。子產執而戮之、俄而誅之。然則子產非能用《竹刑》、不得不用、鄧析非能屈子產、不得不屈、子產非能誅鄧析、不得不誅也。
新字:鄧析操両可之説、設無窮之辞、当子産執政、作《竹刑》。鄭国用之、数難子産之治。子産屈之。子産執而戮之、俄而誅之。然則子産非能用《竹刑》、不得不用、鄧析非能屈子産、不得不屈、子産非能誅鄧析、不得不誅也。
書き下し
鄧析は兩可の說を操り、無窮の辭を設く。子產の執政に當たり、竹刑を作る。鄭國之を用い、數ば子產の治を難ず。子產之に屈す。子產執えて之を戮し、俄かにして之を誅す。然らば則ち子產は能く竹刑を用いしに非ず、用いざるを得ざるなり。鄧析は能く子產を屈せしめしに非ず、屈せしめざるを得ざるなり。子產は能く鄧析を誅せしに非ず、誅せざるを得ざるなり。
現代語訳
鄧析は、どちらとも取れる説を操り、尽きることのない弁舌を用意した。子産が政をとっていたとき、竹に記した刑法を作った。鄭の国はそれを採用し、鄧析はしばしば子産の統治に異議を唱えた。子産は言い負かされた。そして子産は彼を捕らえて辱め、まもなく処刑した。とすれば、子産は竹刑を用いることができたのではなく、用いずにいられなかったのだ。鄧析は子産を言い負かすことができたのではなく、言い負かさずにいられなかったのだ。子産は鄧析を処刑できたのではなく、処刑せずにいられなかったのだ。
解説
鄧析は法を作って採用され、その法で為政者を追及し、そして殺されました。しかも子産は、彼の作った法を使い続けています。作った人は殺し、作ったものは使う。生々しい話です。列子はここでも、三つの出来事すべてを「せずにいられなかった」と言い直します。子産の側から見れば冷酷な粛清ですが、そう呼ぶこと自体を降ろしている。実務でこの見方が効くのは、対立の当事者になったときです。相手が敵意で動いていると考えると、報復の連鎖に入ります。そうせずにいられない位置にいるだけだと考えれば、位置のほうを変える手が見えてきます。
この章句が説くこと
両可の説を操り無窮の辞を設く竹刑屈せしめざるを得ざるなり誅せざるを得ざるなり
関連する章句
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呂氏春秋・離謂④子產、鄭を治め、鄧析務めて之を難じ、民の獄有る者と約す。大獄は一衣、小獄は襦袴なり。民の衣襦袴を獻じて訟を學ぶ者、勝げて數う可からず。非を以て是と爲し、是を以て非と爲す。是非に度無くして、可と不可と日に變ず。勝たしめんと欲する所は因りて勝ち、罪せんと欲する所は因りて罪す。鄭國大いに亂れ、民口讙譁す。子產之を患う。是に於て鄧析を殺して之を戮す。民心乃ち服し、是非乃ち定まり、法律乃ち行わる。今世の人、多く其の國を治めんと欲して、而も鄧析の類を誅すること莫し。此れ治を欲して愈々亂るる所以なり。
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呂氏春秋・離謂②鄭國、相縣くるに書を以てする者多し。子產令して書を縣くること無からしむ。鄧析之を致す。子產令して書を致すこと無からしむ。鄧析之を倚す。令窮まること無ければ、則ち鄧析之に應ずるも亦た窮まること無し。是れ可と不可と辨ずること無きなり。可と不可と辨ずること無くして、以て賞罰すれば、其の罰愈々疾く、其の亂愈々疾し。此れ國を爲むるの禁なり。故に辨なれども理に當らざれば則ち偽なり。知なれども理に當らざれば則ち詐なり。詐偽の民は、先王の誅する所なり。理なる者は、是非の宗なり。
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『列子』楊朱篇子產忙然として以て之に應うる無し。他日、以て鄧析に告ぐ。鄧析曰く、子は真人と居りて知らざるなり。孰か子を智者と謂わんや。鄭國の治まるは偶々なるのみ。子の功に非ざるなり、と。
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『列子』楊朱篇子產日夜以て戚と爲し、密かに鄧析に造りて之を謀りて曰く、僑聞く、身を治めて以て家に及び、家を治めて以て國に及ぶ、と。此れ近きより遠きに至るを言うなり。僑は國を爲めては則ち治まれり。而るに家は則ち亂る。其の道逆なるか。將た奚の方ありてか二子を救わん。子其れ之を詔せ、と。鄧析曰く、吾之を怪しむこと久し。未だ敢えて先には言わず。子奚ぞ其の治に時せざるか。喩すに性命の重きを以てし、誘うに禮義の尊きを以てせざるか、と。
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『春秋左氏伝』定公九年 鄧析を殺して竹刑を用ゐる九年春、宋公、樂大心をして晉に盟ひ、且つ樂祁の尸を逆へしめんとす。辭して、偽りて疾有りとす。乃ち向巢をして晉に如きて盟ひ、且つ子梁の尸を逆へしむ。子明、桐門の右師に謂ひて出でしめんとして曰く、「吾は猶ほ衰絰す。而るに子は鍾を擊つ。何ぞや」と。右師曰く、「喪、此に在らざるが故なり」と。既にして人に告げて曰く、「己は衰絰して子を生めり。余何の故に鍾を舍てん」と。子明、之を聞き、怒りて公に言ひて曰く、「右師、將に戴氏に不利ならんとす。肯へて晉に適かざるは、將に亂を作さんとするなり。然らずんば疾無からん」と。乃ち桐門の右師を逐ふ。鄭の駟歂、鄧析を殺して、其の竹刑を用ゐる。君子謂ふ、子然、是に於いて不忠なり、と。苟も以て國家に加ふべき者有らば、其の邪を棄てて可なり。靜女の三章は、彤管を取る。竿旄の「何を以てか之に告げん」は、其の忠を取るなり。故に其の道を用ゐて其の人を棄てず。詩に云ふ、「蔽芾たる甘棠、翦る勿かれ伐る勿かれ、召伯の茇りし所」と。其の人を思へば、猶ほ其の樹を愛す。況んや其の道を用ゐて、其の人を恤まざらんや。子然は以て能を勸むる無し。夏、陽虎、寶玉・大弓を歸す。書して得と曰ふは、器用なればなり。凡そ器用を獲るを得と曰ひ、用を得るを獲と曰ふ。
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