列子 / 楊朱篇
晏平仲問養生於管夷吾。管夷吾曰:『肆之而已、勿壅勿閼。』晏平仲曰:『其目柰何?』夷吾曰:『恣耳之所欲聽、恣目之所欲視、恣鼻之所欲向、恣口之所欲言、恣體之所欲安、恣意之所欲行。夫耳之所欲聞者音聲、而不得聽、謂之閼聰、目之所欲見者美色、而不得視、謂之閼明、鼻之所欲向者椒蘭、而不得嗅、謂之閼顫、口之所欲道者是非、而不得言、謂之閼智、體之所欲安者美厚、而不得從、謂之閼適、意之所欲爲者放逸、而不得行、謂之閼性。凡此諸閼、廢虐之主。去廢虐之主、熙熙然以俟死、一日、一月、一年、十年、吾所謂養。拘此廢虐之主、錄而不舍、戚戚然以至久生、百年、千年、萬年、非吾所謂養。』
新字:晏平仲問養生於管夷吾。管夷吾曰:『肆之而已、勿壅勿閼。』晏平仲曰:『其目柰何?』夷吾曰:『恣耳之所欲聴、恣目之所欲視、恣鼻之所欲向、恣口之所欲言、恣体之所欲安、恣意之所欲行。夫耳之所欲聞者音声、而不得聴、謂之閼聰、目之所欲見者美色、而不得視、謂之閼明、鼻之所欲向者椒蘭、而不得嗅、謂之閼顫、口之所欲道者是非、而不得言、謂之閼智、体之所欲安者美厚、而不得従、謂之閼適、意之所欲為者放逸、而不得行、謂之閼性。凡此諸閼、廃虐之主。去廃虐之主、熙熙然以俟死、一日、一月、一年、十年、吾所謂養。拘此廃虐之主、録而不舎、戚戚然以至久生、百年、千年、万年、非吾所謂養。』
書き下し
晏平仲養生を管夷吾に問う。管夷吾曰く、之を肆にするのみ。壅ぐこと勿く閼ぐること勿かれ、と。晏平仲曰く、其の目は柰何、と。夷吾曰く、耳の聽かんと欲する所を恣にし、目の視んと欲する所を恣にし、鼻の向かわんと欲する所を恣にし、口の言わんと欲する所を恣にし、體の安んぜんと欲する所を恣にし、意の行わんと欲する所を恣にす。夫れ耳の聞かんと欲する所の者は音聲なり。而るに聽くを得ざる、之を聰を閼ぐと謂う。目の見んと欲する所の者は美色なり。而るに視るを得ざる、之を明を閼ぐと謂う。鼻の向かわんと欲する所の者は椒蘭なり。而るに嗅ぐを得ざる、之を顫を閼ぐと謂う。口の道わんと欲する所の者は是非なり。而るに言うを得ざる、之を智を閼ぐと謂う。體の安んぜんと欲する所の者は美厚なり。而るに從うを得ざる、之を適を閼ぐと謂う。意の爲さんと欲する所の者は放逸なり。而るに行うを得ざる、之を性を閼ぐと謂う。凡そ此の諸々の閼は、廢虐の主なり。廢虐の主を去りて、熙熙然として以て死を俟つこと、一日、一月、一年、十年、吾が所謂養なり。此の廢虐の主を拘り、錄して舍かず、戚戚然として以て久生に至ること、百年、千年、萬年、吾が所謂養に非ず。
現代語訳
晏平仲が養生の道を管夷吾に尋ねた。管夷吾は言った。「ほしいままにするだけだ。せき止めず、ふさがないことだ」。晏平仲は言った。「その項目はどのようなものか」。夷吾は言った。「耳が聞きたがるものをほしいままにし、目が見たがるものをほしいままにし、鼻が嗅ぎたがるものをほしいままにし、口が言いたがることをほしいままにし、体が安んじたがることをほしいままにし、心が行いたがることをほしいままにする。そもそも耳が聞きたがるのは音楽であり、それを聞けないのを、聡をふさぐという。目が見たがるのは美しい色であり、それを見られないのを、明をふさぐという。鼻が嗅ぎたがるのは山椒や蘭の香りであり、それを嗅げないのを、嗅覚をふさぐという。口が言いたがるのは是非であり、それを言えないのを、知をふさぐという。体が安んじたがるのは美食と厚着であり、それに従えないのを、快適さをふさぐという。心が行いたがるのは気ままであり、それを行えないのを、性をふさぐという。これらのふさぎは、みな損ない虐げる主である。損ない虐げる主を取り除いて、和やかに死を待つなら、一日でも一月でも一年でも十年でも、それが私の言う養生である。この損ない虐げる主を抱え込み、しまい込んで捨てず、びくびくして長生きに至るなら、百年でも千年でも万年でも、私の言う養生ではない」。
解説
この章句が説くこと
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