列子 / 楊朱篇
故語有之曰:人不婚宦、情欲失半、人不衣食、君臣道息。周諺曰:『田父可坐殺。』晨出夜入、自以性之恆、啜菽茹藿、自以味之極、肌肉麤厚、筋節𦝘急、一朝處以柔毛綈幕、薦以粱肉蘭橘、心㾓體煩、內熱生病矣。商魯之君與田父侔地、則亦不盈一時而憊矣。
新字:故語有之曰:人不婚宦、情欲失半、人不衣食、君臣道息。周諺曰:『田父可坐殺。』晨出夜入、自以性之恒、啜菽茹藿、自以味之極、肌肉麤厚、筋節𦝘急、一朝処以柔毛綈幕、薦以粱肉蘭橘、心㾓体煩、内熱生病矣。商魯之君与田父侔地、則亦不盈一時而憊矣。
書き下し
故に語に之れ有りて曰く、人婚宦せざれば、情欲半ばを失う。人衣食せざれば、君臣の道息む、と。周諺に曰く、田父は坐殺すべし、と。晨に出で夜に入るを、自ら以て性の恆と爲し、菽を啜り藿を茹うを、自ら以て味の極みと爲し、肌肉麤厚にして、筋節𦝘急なり。一朝柔毛綈幕を以て處り、薦むるに粱肉蘭橘を以てすれば、心㾓み體煩わしく、内熱して病を生ぜん。商魯の君と田父と地を侔しくすれば、則ち亦た一時にも盈たずして憊れん。
現代語訳
だから言葉にこうある。人が結婚も仕官もしなければ、情欲は半分なくなる。人が衣食を求めなければ、君臣の道は消える、と。周の諺に「田舎の父は座らせておくだけで殺せる」という。朝に出て夜に帰るのを、当たり前の性分だと思い、豆をすすり豆の葉を食うのを、味の極みだと思い、肌も肉もごつごつと厚く、筋も関節も張っている。それがある朝、柔らかな毛皮と厚い帳のなかに置かれ、上等の飯と肉、蘭や橘を出されたら、胸が痛み体がだるくなり、内に熱がこもって病を生じる。商や魯の君主と田舎の父の立場を入れ替えれば、これもまた一時ももたずに参ってしまう。
解説
田舎の父を殺すには、座らせておけばよい。快適さが、その人にとって毒になる。逆に君主を田仕事に置けば、一時ももちません。良い暮らしと悪い暮らしという絶対の物差しはなく、身についた条件から離れることが害になる、という見方です。実務では、待遇改善が人を弱らせる場合と、逆に厳しくして潰れる場合の両方に当てはまります。何を良いとするかは、その人がどこから来たかで決まる。一律の処遇改善が、必ずしも全員にとって改善にならない理由が、ここにあります。
この章句が説くこと
田父は坐殺すべし菽を啜り藿を茹うを味の極みと為す一時にも盈たずして憊れん
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