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列子 / 仲尼篇

孔子愀然有閒、曰:「有是言哉?汝之意失矣。此吾昔日之言爾、請以今言爲正也。汝徒知樂天知命之無憂、未知樂天知命有憂之大也。今告若其實:修一身、任窮達、知去來之非我、亡變亂於心慮、爾之所謂樂天知命之無憂也。曩吾修《詩》《書》、正禮樂、將以治天下、遺來世、非但修一身、治魯國而已、而魯之君臣日失其序、仁義益衰、情性益薄。此道不行一國與當年、其如天下與來世矣?吾始知《詩》《書》、禮樂無救於治亂、而未知所以革之之方、此樂天知命者之所憂。

新字:孔子愀然有閒、曰:「有是言哉?汝之意失矣。此吾昔日之言爾、請以今言為正也。汝徒知楽天知命之無憂、未知楽天知命有憂之大也。今告若其実:修一身、任窮達、知去来之非我、亡変乱於心慮、爾之所謂楽天知命之無憂也。曩吾修《詩》《書》、正礼楽、将以治天下、遺来世、非但修一身、治魯国而已、而魯之君臣日失其序、仁義益衰、情性益薄。此道不行一国与当年、其如天下与来世矣?吾始知《詩》《書》、礼楽無救於治乱、而未知所以革之之方、此楽天知命者之所憂。

書き下し

孔子愀然として閒有り、曰く、是の言有りしか。汝の意は失せり。此れ吾が昔日の言のみ。請う今の言を以て正と爲さん。汝は徒だ天を樂しみ命を知るの憂い無きを知りて、未だ天を樂しみ命を知るに憂いの大なる有るを知らざるなり。今若に其の實を告げん。一身を修め、窮達に任せ、去來の我に非ざるを知り、心慮に變亂すること亡きは、爾の所謂天を樂しみ命を知るの憂い無きなり。曩に吾詩・書を修め、禮樂を正し、將に以て天下を治め、來世に遺さんとす。但だ一身を修め魯國を治むるのみに非ず。而るに魯の君臣日々に其の序を失い、仁義益々衰え、情性益々薄し。此の道一國と當年とに行われず。其れ天下と來世とを如何せんや。吾始めて詩・書・禮樂の治亂に救い無きを知る。而して未だ之を革むる所以の方を知らず。此れ天を樂しみ命を知る者の憂うる所なり。

現代語訳

孔子はさっと顔色を改め、しばらくして言った。「そんなことを言ったか。お前の受け取り方は外れている。それは私の昔の言葉にすぎない。いまの言葉を正しいものとしてほしい。お前はただ、天を楽しみ命を知れば憂いがないことだけを知って、天を楽しみ命を知る者にこそ大きな憂いがあることを知らない。いま本当のところを告げよう。わが身を修め、行き詰まりも栄達も成り行きに任せ、去るも来るも自分の力ではないと知り、心が乱れないでいること。それがお前の言う『天を楽しみ命を知れば憂いがない』ということだ。かつて私は詩と書を整え、礼と楽を正し、それによって天下を治め、後の世に残そうとした。ただ自分一身を修め、魯の国を治めるためだけではなかった。ところが魯の君臣は日ごとに秩序を失い、仁義はますます衰え、人の情はますます薄くなっている。この道が一つの国、一つの時代にすら行われない。まして天下と後の世をどうしようというのか。私ははじめて、詩・書・礼・楽が乱れを救わないと知った。そしてそれを改める方法をまだ知らない。これが、天を楽しみ命を知る者の憂いなのだ」。

解説

「それは私の昔の言葉だ」と、孔子は自分の言葉を撤回します。そして訂正の中身が重い。天を楽しみ命を知れば憂いがない、というのは自分一身の話にすぎない。天下と後世を引き受ければ、そこにこそ大きな憂いがある、と。しかも自分が生涯を賭けた詩書礼楽が、乱れを救わないと知った、と認めています。ここは経営者にとって、他人事ではない場面です。自分の心を平らかに保つ技術は、規模が自分一人であるあいだは有効です。人と時代を引き受けた瞬間から、平静は目的でなくなる。憂いが消えないことは未熟の証ではなく、引き受けた範囲の広さの証でもあります。

この章句が説くこと

楽天知命に憂いの大なる有り詩書礼楽の治乱に救い無きを知る之を革むる方を知らず責任

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