列子 / 周穆王篇
穆王敬之若神、事之若君。推路寢以居之、引三牲以進之、選女樂以娛之。化人以爲王之宮室卑陋而不可處、王之廚饌腥螻而不可饗、王之嬪御膻惡而不可親。穆王乃爲之改築。土木之功、赭堊之色、無遺巧焉。五府爲虛、而臺始成。其高千仞、臨終南之上、號曰中天之臺。
新字:穆王敬之若神、事之若君。推路寝以居之、引三牲以進之、選女楽以娯之。化人以為王之宮室卑陋而不可処、王之廚饌腥螻而不可饗、王之嬪御膻悪而不可親。穆王乃為之改築。土木之功、赭堊之色、無遺巧焉。五府為虚、而台始成。其高千仞、臨終南之上、号曰中天之台。
書き下し
穆王之を敬うこと神の若く、之に事うること君の若し。路寢を推して以て之を居らしめ、三牲を引きて以て之に進め、女樂を選びて以て之を娛しましむ。化人以爲えらく、王の宮室は卑陋にして處るべからず、王の廚饌は腥螻にして饗すべからず、王の嬪御は膻惡にして親しむべからず、と。穆王乃ち之が爲に改め築く。土木の功、赭堊の色、巧を遺す無し。五府虛と爲りて、臺始めて成る。其の高さ千仞、終南の上に臨む。號して中天の臺と曰う。
現代語訳
穆王は彼を神のように敬い、君主のように仕えた。自分の正殿を明け渡して住まわせ、三種の犠牲を引いてきて供え、歌姫を選んで楽しませた。ところが幻術使いは、王の宮殿はみすぼらしくて住めない、王の料理は生臭くて食べられない、王の側女たちは獣くさくて近づけない、と言う。そこで穆王は彼のために建て直した。土木の工事も、赤や白の塗りも、技巧を尽くさないところがなかった。五つの蔵が空になって、台がようやく完成した。高さは千仞、終南山を見下ろす。名づけて中天の台という。
解説
君主が自分の正殿を明け渡し、それでも足りないと言われて国庫を空にするまで建て直す。相手を神のように敬った結果、要求は際限なく上がっていきました。ここで効いているのは、幻術使いが一度も要求していないことです。彼はただ「住めない」「食べられない」「近づけない」と評しただけ。評価する側に回った人間に対して、こちらが勝手に応え続ける構図です。取引先や大口顧客との関係で、これは頻繁に起こります。相手が要求してこないのに、こちらが先回りして水準を上げていく。五つの蔵が空になる寸前に気づけるかどうかが、分かれ目です。
この章句が説くこと
敬うこと神の若く事うること君の若し五府虚と為りて台始めて成る中天の台リーダーシップ
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