列子 / 楊朱篇
楊朱游於魯、舍於孟氏。孟氏問曰:「人而已矣、奚以名爲?」曰:「以名者爲富。」「既富矣、奚不已焉?」曰:「爲貴。」「既貴矣、奚不已焉?」曰:「爲死。」「既死矣、奚爲焉?」曰:「爲子孫。」「名奚益於子孫?」曰:「名乃苦其身、燋其心。乘其名者、澤及宗族、利兼鄉黨、況子孫乎?」「凡爲名者必廉、廉斯貧、爲名者必讓、讓斯賤。」
新字:楊朱游於魯、舎於孟氏。孟氏問曰:「人而已矣、奚以名為?」曰:「以名者為富。」「既富矣、奚不已焉?」曰:「為貴。」「既貴矣、奚不已焉?」曰:「為死。」「既死矣、奚為焉?」曰:「為子孫。」「名奚益於子孫?」曰:「名乃苦其身、燋其心。乗其名者、沢及宗族、利兼鄉党、況子孫乎?」「凡為名者必廉、廉斯貧、為名者必譲、譲斯賤。」
書き下し
楊朱魯に游び、孟氏に舍る。孟氏問いて曰く、人のみ、奚を以てか名を爲さん、と。曰く、名を以てするは富を爲すなり、と。既に富めり、奚ぞ已まざるか、と。曰く、貴を爲すなり、と。既に貴し、奚ぞ已まざるか、と。曰く、死を爲すなり、と。既に死せり、奚をか爲さん、と。曰く、子孫を爲すなり、と。名は奚ぞ子孫に益あらん、と。曰く、名は乃ち其の身を苦しめ、其の心を燋がす。其の名に乘る者は、澤は宗族に及び、利は鄉黨を兼ぬ。況んや子孫をや、と。凡そ名を爲す者は必ず廉なり。廉なれば斯に貧し。名を爲す者は必ず讓る。讓れば斯に賤し、と。
現代語訳
楊朱が魯に旅して、孟氏の家に泊まった。孟氏が尋ねた。「ただ人であるだけでよいのに、どうして名を求めるのか」。楊朱は言った。「名を求めるのは、富むためだ」。「もう富んだのに、なぜやめないのか」。「貴くなるためだ」。「もう貴くなったのに、なぜやめないのか」。「死んだあとのためだ」。「もう死んでしまえば、何のためになるのか」。「子孫のためだ」。「名が子孫に何の益があるのか」。「名は身を苦しめ、心を焦がすものだ。だがその名に乗る者には、恵みが一族に及び、利益が郷里にまで広がる。まして子孫には言うまでもない」。「およそ名を求める者は必ず清廉である。清廉であれば貧しくなる。名を求める者は必ず譲る。譲れば賤しくなる」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』楊朱篇鬻子曰く、名を去る者は憂い無し、と。老子曰く、名は實の賓なり、と。而るに悠悠たる者は名に趨りて已まず。名は固より去るべからざるか、名は固より賓とすべからざるか。今名有れば則ち尊榮、名亡ければ則ち卑辱なり。尊榮なれば則ち逸樂、卑辱なれば則ち憂苦なり。憂苦は、性を犯す者なり。逸樂は、性に順う者なり。斯れ實の係る所なり。名胡ぞ去るべけんや。名胡ぞ賓とすべけんや。但だ夫の名を守りて實を累わすを惡むのみ。名を守りて實を累わさば、將に危亡の救われざるを恤えんとす。豈に徒だ逸樂憂苦の間ならんや、と。
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『列子』楊朱篇彼の二凶や、生きて欲に從うの歡び有り、死して愚暴の名を被る。實なる者は、固より名の與うる所に非ざるなり。之を毀ると雖も知らず、之を稱うと雖も知らず。此れ株塊と奚を以て異ならんや。彼の四聖は美の歸する所と雖も、苦しみて以て終わりに至り、同じく死に歸せり。彼の二凶は惡の歸する所と雖も、樂しみて以て終わりに至り、亦た同じく死に歸せり、と。
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『列子』楊朱篇太古の人は生の暫く來たるを知り、死の暫く往くを知る。故に心に從いて動き、自然の好む所に違わず。當身の娛しみは去る所に非ざるなり。故に名の勸むる所と爲らず。性に從いて游び、萬物の好む所に逆らわず。死後の名は取る所に非ざるなり。故に刑の及ぶ所と爲らず。名譽の先後、年命の多少は、量る所に非ざるなり、と。
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『列子』楊朱篇凡そ彼の四聖なる者は、生きて一日の歡び無く、死して萬世の名有り。名なる者は、固より實の取る所に非ざるなり。之を稱うと雖も知らず、之を賞すと雖も知らず。株塊と以て異なる無し。桀は累世の資に藉り、南面の尊に居る。智は以て羣下を距ぐに足り、威は以て海内を震わすに足る。耳目の娛しむ所を恣にし、意慮の爲す所を窮め、熙熙然として以て死に至る。此れ天民の逸蕩なる者なり。紂も亦た累世の資に藉り、南面の尊に居る。威は行われざる無く、志は從わざる無し。情を傾宮に肆にし、欲を長夜に縱にし、禮義を以て自ら苦しめず、熙熙然として以て誅に至る。此れ天民の放縱なる者なり。
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『列子』楊朱篇孟孫陽楊朱に問いて曰く、此に人有り、生を貴び身を愛して、以て死せざるを蘄う。可ならんか、と。曰く、理として死せざるは無し、と。以て久しく生きんことを蘄うは、可ならんか、と。曰く、理として久しく生くるは無し。生は之を貴びて能く存する所に非ず、身は之を愛して能く厚くする所に非ず。且つ久しく生きて奚をか爲さん。五情の好惡は、古も猶お今のごとし。四體の安危は、古も猶お今のごとし。世事の苦樂は、古も猶お今のごとし。變易治亂は、古も猶お今のごとし。既に之を聞けり、既に之を見たり、既に之を更たり。百年すら猶お其の多きを厭う。況んや久生の苦しみをや、と。
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『列子』楊朱篇楊朱曰く、豐屋・美服・厚味・姣色、此の四つの者有らば、何ぞ外に求めん。此れ有りて外に求むる者は、厭く無きの性なり。厭く無きの性は、陰陽の蠹なり。忠は以て君を安んずるに足らず、適だ以て身を危うくするに足る。義は以て物を利するに足らず、適だ以て生を害するに足る。上を安んずるは忠に由らず、而して忠の名滅す。物を利するは義に由らず、而して義の名絕ゆ。君臣皆な安く、物我兼ねて利するは、古の道なり。