列子 / 周穆王篇
宋人執而問其以、華子曰:「曩吾忘也、蕩蕩然不覺天地之有無。今頓識既往、數十年來存亡、得失、哀樂、好惡、擾擾萬緒起矣。吾恐將來之存亡、得失、哀樂、好惡之亂吾心如此也、須臾之忘、可復得乎?」子貢聞而怪之、以告孔子。孔子曰:「此非汝所及乎!」顧謂顏回紀之。
新字:宋人執而問其以、華子曰:「曩吾忘也、蕩蕩然不覚天地之有無。今頓識既往、数十年来存亡、得失、哀楽、好悪、擾擾万緒起矣。吾恐将来之存亡、得失、哀楽、好悪之乱吾心如此也、須臾之忘、可復得乎?」子貢聞而怪之、以告孔子。孔子曰:「此非汝所及乎!」顧謂顏回紀之。
書き下し
宋人執えて其の以を問う。華子曰く、曩に吾忘れしとき、蕩蕩然として天地の有無を覺えず。今頓かに既往を識り、數十年來の存亡・得失・哀樂・好惡、擾擾として萬緒起これり。吾恐る、將來の存亡・得失・哀樂・好惡の吾が心を亂すこと此くの如からんことを。須臾の忘れ、復た得べけんや、と。子貢聞きて之を怪しみ、以て孔子に告ぐ。孔子曰く、此れ汝の及ぶ所に非ざるか、と。顧みて顏回に謂いて之を紀さしむ。
現代語訳
宋の人々が彼を取り押さえて、そのわけを尋ねた。華子は言った。「以前、私が忘れていたときは、広々として天地があるのかないのかも感じなかった。いま急に過ぎたことを思い出し、数十年来の生き死に、得失、悲しみと喜び、好き嫌いが、ざわざわと万の糸口となって湧き上がってきた。私は恐れる。これから先の生き死に、得失、悲しみと喜び、好き嫌いが、これと同じように私の心を乱すのではないかと。ほんのわずかのあいだの忘却を、もう一度得ることができようか」。子貢はこれを聞いて不思議に思い、孔子に伝えた。孔子は言った。「これはお前の及ぶところではない」。振り返って顔回に、書き留めておくよう言いつけた。
解説
物忘れの病を、本人は病だと思っていませんでした。忘れていた期間は、天地の有無すら感じない広々とした状態だった。治ったことで戻ってきたのは、数十年ぶんの得失と好悪です。しかも彼が恐れているのは過去ではなく、これから先も同じように心が乱れ続けることでした。孔子はこれを弟子に説明せず、「お前の及ぶところではない」と言って、記録だけ命じます。分からないものを分からないまま残せ、という指示です。実務でも、理解できない反応をした人を、理解できる物語に押し込めてしまうより、記録して置いておくほうが後で効きます。分類した瞬間に、見えていたものが消えることがあります。
この章句が説くこと
蕩蕩然として天地の有無を覚えず擾擾として万緒起これり須臾の忘れ復た得べけんや
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