列子 / 力命篇
及管夷吾有病、小白問之、曰:「仲父之病病矣、可不諱。云至於大病、則寡人惡乎屬國而可?」夷吾曰:「公誰欲歟?」小白曰:「鮑叔牙可。」曰:「不可。其爲人也、潔廉善士也、其於不己若者不比之人、一聞人之過、終身不忘。使之理國、上且鉤乎君、下且逆乎民。其得罪於君也、將弗久矣。」
新字:及管夷吾有病、小白問之、曰:「仲父之病病矣、可不諱。云至於大病、則寡人悪乎属国而可?」夷吾曰:「公誰欲歟?」小白曰:「鮑叔牙可。」曰:「不可。其為人也、潔廉善士也、其於不己若者不比之人、一聞人之過、終身不忘。使之理国、上且鉤乎君、下且逆乎民。其得罪於君也、将弗久矣。」
書き下し
管夷吾病有るに及び、小白之に問いて曰く、仲父の病は病めり。諱むべからず。云うに大病に至らば、則ち寡人惡くにか國を屬して可ならんや、と。夷吾曰く、公は誰をか欲するか、と。小白曰く、鮑叔牙可なり、と。曰く、不可なり。其の人と爲りや、潔廉の善士なり。其の己に若かざる者に於いては、之を人に比せず。一たび人の過ちを聞かば、終身忘れず。之をして國を理めしめば、上は且つ君に鉤り、下は且つ民に逆らわん。其の君に罪を得るや、將に久しからざらんとす、と。
現代語訳
管夷吾が病になったとき、小白は尋ねた。「仲父の病は重い。隠すことはない。もし大事に至れば、わしは誰に国を託せばよいか」。夷吾は言った。「公は誰をお望みですか」。小白は言った。「鮑叔牙がよかろう」。夷吾は言った。「いけません。あの人の人柄は、潔白で清廉な善人です。自分に及ばない者を、人として扱わない。一度人の過ちを聞けば、生涯忘れない。彼に国を治めさせれば、上では君主に食ってかかり、下では民に逆らうでしょう。君主から罪を得るまで、長くはかからないでしょう」。
解説
自分を救ってくれた恩人を、後継者から外します。しかも理由が人格の否定ではありません。潔白で清廉な善人だと、まず認めている。そのうえで、自分に及ばない者を人として扱わず、一度聞いた過ちを生涯忘れないと指摘する。清廉であることが、統治には向かないという診断です。ここは人事の本質を突いています。個人の徳として立派な資質が、組織を預かる立場では欠点に転じることがある。潔癖な人は、人の失敗を許容する仕組みを作れません。そして管仲は、恩義と適性を切り離して答えました。恩を返すのは別の場面でする、という判断です。
この章句が説くこと
潔廉の善士なり其の己に若かざる者を人に比せず一たび人の過ちを聞かば終身忘れず人材登用適材適所評価
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