列子 / 説符篇
白公勝慮亂、罷朝而立、倒杖策、錣上貫頤、血流至地而弗知也。鄭人聞之曰:「頤之忘、將何不忘哉?」意之所屬箸、其行足躓株埳、頭抵植木、而不自知也。
新字:白公勝慮乱、罷朝而立、倒杖策、錣上貫頤、血流至地而弗知也。鄭人聞之曰:「頤之忘、将何不忘哉?」意之所属箸、其行足躓株埳、頭抵植木、而不自知也。
書き下し
白公勝亂を慮り、朝を罷めて立つ。杖策を倒にし、錣上りて頤を貫く。血流れて地に至るも知らざるなり。鄭人之を聞きて曰く、頤すら之れ忘る。將た何をか忘れざらんや、と。意の屬著する所あれば、其の行くや足は株埳に躓き、頭は植木に抵るとも、自ら知らざるなり。
現代語訳
白公勝が反乱を思案していた。朝廷から退出して立っていたとき、杖を逆さに持っていて、その石突きが上を向いて顎を突き通した。血が流れて地面まで達したが、気づかなかった。鄭の人はこれを聞いて言った。「顎さえ忘れている。ほかに何を忘れずにいられよう」。心が何かに強く向いていれば、歩いていて足が切り株や穴につまずき、頭が立ち木にぶつかっても、自分では気づかないものである。
解説
顎を突き通されて血が地面まで流れても気づかない。極端な描写ですが、言いたいことは明快です。一つのことに心が向いていると、他のすべてが見えなくなる。しかも鄭の人の評が的確です。「顎さえ忘れている。ほかに何を忘れずにいられよう」。集中の代償として何が抜けているかは、本人には決して見えません。経営者が一つの案件に没入しているとき、抜け落ちているものを教えられるのは周囲だけです。そして白公勝は、この後に反乱を起こして失敗し、浴室で死にました。説符篇の前のほうに、その結末が置かれています。
この章句が説くこと
錣上りて頤を貫く血流れて地に至るも知らざるなり頤すら之れ忘る将た何をか忘れざらん
関連する章句
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『淮南子』道應訓白公勝 亂を慮る。朝を罷めて立ち、杖策を倒にす。錣 上りて頤を貫き、血 流れて地に至るも知らざるなり。鄭人 之を聞きて曰く、「頤すら之れ忘る、將に何をか忘れざらんや」と。此れ精神の外に越え、智慮の内に蕩えば、則ち能く其の形を漏理せざるを言うなり。是の故に神の用うる所の者 遠ければ、則ち遺るる所の者は近きなり。故に老子曰く、「戸を出でずして以て天下を知り、牖を窺わずして以て天道を見る。其の出づること彌々遠ければ、其の知ること彌々少なし」と。此れ之を謂うなり。
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