列子 / 楊朱篇
楊朱曰:「伯夷非亡欲、矜清之郵、以放餓死。展季非亡情、矜貞之郵、以放寡宗。清貞之誤善之若此!」
書き下し
楊朱曰く、伯夷は欲亡きに非ず。清を矜るの郵、以て餓死に放る。展季は情亡きに非ず。貞を矜るの郵、以て宗を寡くするに放る。清貞の善を誤らしむること此くの若し、と。
現代語訳
楊朱は言った。「伯夷に欲がなかったのではない。清らかさを誇りすぎたことが行きすぎて、餓死に至った。展季に情がなかったのではない。貞節を誇りすぎたことが行きすぎて、子孫を絶やすに至った。清らかさと貞節が善人を誤らせることは、これほどのものだ」。
解説
欲がなかったのではなく、清らかさを誇る気持ちが強すぎた。情がなかったのではなく、貞節を誇る気持ちが強すぎた。楊朱は、伯夷も展季も欲や情を持っていたと見ています。持っていながら、それを抑えていることを誇りにした。そして誇りが行きすぎて、餓死し、子孫を絶やした。ここで批判されているのは禁欲そのものではなく、禁欲を誇ることのほうです。組織でも同じ形が見られます。倹約や清廉を掲げること自体は健全ですが、それを誇りにした瞬間、掲げた基準が目的化して、事業を痩せさせます。抑制は手段であって、誇る対象ではありません。
この章句が説くこと
伯夷は欲亡きに非ず清を矜るの郵展季は情亡きに非ず貞を矜るの郵清貞の善を誤らしむること此くの若し節義清廉
関連する章句
-
荘子・譲王二子北のかた首陽の山に至り、遂に餓えて焉(そこ)に死せり。伯夷・叔斉の若き者は、其の富貴に於けるや、苟(いやしく)も得べくんば、則ち必ず頼(たよ)らざるなり。高節戾行(こうせつれいこう)、独り其の志を楽しみ、世に事えず。此れ二士の節なり。
-
『列子』楊朱篇楊朱曰く、豐屋・美服・厚味・姣色、此の四つの者有らば、何ぞ外に求めん。此れ有りて外に求むる者は、厭く無きの性なり。厭く無きの性は、陰陽の蠹なり。忠は以て君を安んずるに足らず、適だ以て身を危うくするに足る。義は以て物を利するに足らず、適だ以て生を害するに足る。上を安んずるは忠に由らず、而して忠の名滅す。物を利するは義に由らず、而して義の名絕ゆ。君臣皆な安く、物我兼ねて利するは、古の道なり。
-
『列子』楊朱篇彼の二凶や、生きて欲に從うの歡び有り、死して愚暴の名を被る。實なる者は、固より名の與うる所に非ざるなり。之を毀ると雖も知らず、之を稱うと雖も知らず。此れ株塊と奚を以て異ならんや。彼の四聖は美の歸する所と雖も、苦しみて以て終わりに至り、同じく死に歸せり。彼の二凶は惡の歸する所と雖も、樂しみて以て終わりに至り、亦た同じく死に歸せり、と。
-
『列子』楊朱篇凡そ彼の四聖なる者は、生きて一日の歡び無く、死して萬世の名有り。名なる者は、固より實の取る所に非ざるなり。之を稱うと雖も知らず、之を賞すと雖も知らず。株塊と以て異なる無し。桀は累世の資に藉り、南面の尊に居る。智は以て羣下を距ぐに足り、威は以て海内を震わすに足る。耳目の娛しむ所を恣にし、意慮の爲す所を窮め、熙熙然として以て死に至る。此れ天民の逸蕩なる者なり。紂も亦た累世の資に藉り、南面の尊に居る。威は行われざる無く、志は從わざる無し。情を傾宮に肆にし、欲を長夜に縱にし、禮義を以て自ら苦しめず、熙熙然として以て誅に至る。此れ天民の放縱なる者なり。
-
呂氏春秋・誠廉②昔、周の將に興らんとするや、士二人有りて、孤竹に處る。伯夷・叔齊と曰う。二人相謂いて曰く、「吾聞く、西方に偏伯有りて、有道者と将すに似たり、今吾奚為れぞ此に處らんや。」二子西行して周に如き、岐陽に至れば、則ち文王已に歿す。武王位に即くや、周德を觀さんとし、則ち王、叔旦をして膠鬲に就き四內に次らしめ、而して之と盟いて曰く、「富を加うること三等、官に就かしむること一列にせん。」三書を為りて辭を同じくし、之に血ぬるに牲を以てし、一を四內に埋め、皆一を以て歸る。又保召公をして微子開を共頭の下に就かしめ、而して之と盟いて曰く、「世々長侯と為し、殷の常祀を守り、桑林を奉ぜしめ、宜しく孟諸を私すべし。」三書を為りて辭を同じくし、之に血ぬるに牲を以てし、一を共頭の下に埋め、皆一を以て歸る。伯夷・叔齊、之を聞き、相視て笑いて曰く、「譆、異なるかな。此れ吾が謂う所の道に非ざるなり。昔者、神農氏の天下を有つや、時祀、敬を盡くして福を祈らず。其の人に於けるや、忠信、治を盡くして求むること無し。正を樂しみて與に正を為し、治を樂しみて與に治を為し、人の壞るるを以て自ら成さず、人の庳きを以て自ら高くせざるなり。今、周、殷の僻亂を見るや、而ち遽かに之に正と治とを為し、謀を上びて貨を行い、兵を阻みて威を保つ。牲を割きて盟いて以て信と為し、四內と共頭とに因りて以て行を明らかにし、夢を揚げて以て衆を說ばせ、殺伐して以て利を要む。此を以て殷に紹ぐは、是れ亂を以て暴に易うるなり。吾聞く、古の士は、治世に遭えば、其の任を避けず、亂世に遭えば、苟しくも在ることを為さず。今天下闇く、周の德衰えたり。其の周に並びて以て吾が身を漫す與りは、之を避けて以て吾が行を潔くするに若かず。」二子北行して、首陽の下に至りて、餓う。人の情、重んずるところ有らざる莫く、輕んずるところ有らざる莫し。重んずる所有れば、則ち之を全うせんと欲し、輕んずる所有れば、則ち以て重んずる所を養う。伯夷・叔齊、此の二士は、皆身を出だし生を棄てて、以て其の意を立つ。輕重先づ定まればなり。
-
説苑・立節王子比干身を殺して以て其の忠を作し、伯夷叔斉身を殺して以て其の廉を成す。此の三子なる者は、皆天下の通士なり。豈に其の身を愛せざらんや。以為えらく夫れ義の立たず、名の著れざるは是れ士の恥なりと。故に身を殺して以て其の行いを遂ぐ。此に因りて之を観れば、卑賤貧窮は、士の恥に非ざるなり。夫れ士の恥ずる所の者は、天下忠を挙げて士与らず、信を挙げて士与らず、廉を挙げて士与らざるなり。三者身に在りて、名後世に伝わり、日月と並びて息まず、無道の世と雖も汚す能わず。然れば則ち死を好みて生を悪むに非ざるなり、富貴を悪みて貧賤を楽しむに非ざるなり、其の道に由り其の理に遵い、尊貴己に及ばば、士辞せざるなり。孔子曰わく、「富にして求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾亦之を為さん。富にして求む可からざれば、吾が好む所に従わん」と。大聖の操なり。詩に云う、「我が心石に匪ず、転ず可からず。我が心席に匪ず、巻く可からず」と。己を失わざるを言うなり。己を失わざる能わば、然る後与に難を済う可し。此れ士君子の衆に越ゆる所以なり。