列子 / 楊朱篇
朝穆曰:「吾知之久矣、擇之亦久矣、豈待若言而後識之哉?凡生之難遇而死之易及。以難遇之生、俟易及之死、可孰念哉?而欲尊禮義以夸人、矯情性以招名、吾以此爲弗若死矣。爲欲盡一生之歡、窮當年之樂、唯患腹溢而不得恣口之飲、力憊而不得肆情於色、不遑憂名聲之醜、性命之危也。且若以治國之能夸物、欲以說辭亂我之心、榮祿喜我之意、不亦鄙而可憐哉?我又欲與若別之。夫善治外者、物未必治、而身交苦、善治內者、物未必亂、而性交逸。以若之治外、其法可暫行於一國、未合於人心、以我之治內、可推之於天下、君臣之道息矣。吾常欲以此術而喻之、若反以彼術而教我哉?」
新字:朝穆曰:「吾知之久矣、択之亦久矣、豈待若言而後識之哉?凡生之難遇而死之易及。以難遇之生、俟易及之死、可孰念哉?而欲尊礼義以夸人、矯情性以招名、吾以此為弗若死矣。為欲尽一生之歓、窮当年之楽、唯患腹溢而不得恣口之飲、力憊而不得肆情於色、不遑憂名声之醜、性命之危也。且若以治国之能夸物、欲以説辞乱我之心、栄禄喜我之意、不亦鄙而可憐哉?我又欲与若別之。夫善治外者、物未必治、而身交苦、善治内者、物未必乱、而性交逸。以若之治外、其法可暫行於一国、未合於人心、以我之治内、可推之於天下、君臣之道息矣。吾常欲以此術而喻之、若反以彼術而教我哉?」
書き下し
朝・穆曰く、吾之を知ること久し。之を擇ぶことも亦た久し。豈に若の言を待ちて而る後に之を識らんや。凡そ生は遇い難くして死は及び易し。遇い難きの生を以て、及び易きの死を俟つ。孰をか念うべけんや。而るに禮義を尊びて以て人に夸り、情性を矯めて以て名を招かんと欲するは、吾此を以て死に若かずと爲す。一生の歡を盡くし、當年の樂しみを窮めんと欲するを爲す。唯だ腹溢れて口の飲を恣にするを得ざるを患え、力憊れて情を色に肆にするを得ざるを患う。名聲の醜きを憂うるに遑あらず、性命の危うきをも憂うるに遑あらず。且つ若は國を治むるの能を以て物に夸り、說辭を以て我が心を亂し、榮祿を以て我が意を喜ばしめんと欲す。亦た鄙にして憐れむべからずや。我又た若と之を別たんと欲す。夫れ善く外を治むる者は、物未だ必ずしも治まらずして、身は交々苦しむ。善く内を治むる者は、物未だ必ずしも亂れずして、性は交々逸す。若の外を治むるを以てすれば、其の法は暫く一國に行うべきも、未だ人心に合わず。我の内を治むるを以てすれば、之を天下に推すべく、君臣の道息まん。吾常に此の術を以て之を喻さんと欲す。若は反って彼の術を以て我を教えんとするか、と。
現代語訳
朝と穆は言った。「私たちはそんなことは前から知っている。そのうえで選んだのも、ずいぶん前のことだ。あなたの言葉を待って、はじめて知るとでも思うのか。そもそも生は得がたく、死は容易に来る。得がたい生をもって、容易に来る死を待っているのだ。何を思い煩う必要があろう。それなのに礼義を尊んで人に誇り、生まれつきの性を矯めて名声を得ようとするなど、私たちはそんなことをするより死んだほうがましだと思う。ただ一生の歓びを尽くし、その年の楽しみを窮めたい。腹がいっぱいで思うままに飲めないことだけが心配であり、体が疲れて思うままに色にふけれないことだけが心配だ。名声が悪いことを憂える暇はなく、命が危ういことを憂える暇もない。そのうえあなたは、国を治める能力を人に誇り、弁舌で私たちの心を乱し、俸禄で私たちの気持ちを喜ばせようとする。なんと卑しく、哀れなことではないか。私たちのほうこそ、あなたと区別しておきたい。そもそも外をよく治める者は、物事が必ずしも治まらないうえに、身は苦しむばかりだ。内をよく治める者は、物事が必ずしも乱れないうえに、性はくつろぐばかりだ。あなたの外を治めるやり方は、その法をしばらく一国に行うことはできても、人の心には合わない。私たちの内を治めるやり方は、それを天下に押し広げることができ、君臣の道など消えてしまう。私たちはいつもこのやり方であなたを諭したいと思っていた。あなたは逆に、あちらのやり方で私たちを教えようというのか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』楊朱篇太古の人は生の暫く來たるを知り、死の暫く往くを知る。故に心に從いて動き、自然の好む所に違わず。當身の娛しみは去る所に非ざるなり。故に名の勸むる所と爲らず。性に從いて游び、萬物の好む所に逆らわず。死後の名は取る所に非ざるなり。故に刑の及ぶ所と爲らず。名譽の先後、年命の多少は、量る所に非ざるなり、と。
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『列子』楊朱篇孟孫陽曰く、若し然らば、速やかに亡ぶるは久しく生くるに愈れり。則ち鋒刃を踐み、湯火に入らば、志す所を得ん、と。楊子曰く、然らず。既に生けば、則ち廢して之に任せ、其の欲する所を究めて、以て死を俟つ。將に死せんとせば、則ち廢して之に任せ、其の之く所を究めて、以て盡くるに放る。廢せざる無く、任せざる無し。何ぞ遽かに其の閒に遲速せんや、と。
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『列子』楊朱篇楊朱曰く、萬物の異なる所は生なり、同じき所は死なり。生けば則ち賢愚・貴賤有り、是れ異なる所なり。死すれば則ち臭腐・消滅有り、是れ同じき所なり。然りと雖も、賢愚・貴賤は能くする所に非ざるなり。臭腐・消滅も亦た能くする所に非ざるなり。故に生は生ずる所に非ず、死は死する所に非ず、賢は賢とする所に非ず、愚は愚とする所に非ず、貴は貴ぶ所に非ず、賤は賤しむ所に非ず。然り而して萬物は齊しく生き齊しく死し、齊しく賢く齊しく愚に、齊しく貴く齊しく賤し。十年も亦た死し、百年も亦た死す。仁聖も亦た死し、凶愚も亦た死す。生けば則ち堯舜、死すれば則ち腐骨。生けば則ち桀紂、死すれば則ち腐骨。腐骨は一なり。孰か其の異なるを知らん。且く當生に趣け。奚ぞ死後に遑あらんや、と。
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『列子』楊朱篇孟孫陽楊朱に問いて曰く、此に人有り、生を貴び身を愛して、以て死せざるを蘄う。可ならんか、と。曰く、理として死せざるは無し、と。以て久しく生きんことを蘄うは、可ならんか、と。曰く、理として久しく生くるは無し。生は之を貴びて能く存する所に非ず、身は之を愛して能く厚くする所に非ず。且つ久しく生きて奚をか爲さん。五情の好惡は、古も猶お今のごとし。四體の安危は、古も猶お今のごとし。世事の苦樂は、古も猶お今のごとし。變易治亂は、古も猶お今のごとし。既に之を聞けり、既に之を見たり、既に之を更たり。百年すら猶お其の多きを厭う。況んや久生の苦しみをや、と。
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『列子』楊朱篇子產日夜以て戚と爲し、密かに鄧析に造りて之を謀りて曰く、僑聞く、身を治めて以て家に及び、家を治めて以て國に及ぶ、と。此れ近きより遠きに至るを言うなり。僑は國を爲めては則ち治まれり。而るに家は則ち亂る。其の道逆なるか。將た奚の方ありてか二子を救わん。子其れ之を詔せ、と。鄧析曰く、吾之を怪しむこと久し。未だ敢えて先には言わず。子奚ぞ其の治に時せざるか。喩すに性命の重きを以てし、誘うに禮義の尊きを以てせざるか、と。