列子 / 楊朱篇
鮌治水土、績用不就、殛諸羽山。禹纂業事讐、惟荒土功、子產不字、過門不入、身體偏枯、手足胼胝。及受舜禪、卑宮室、美紱冕、戚戚然以至於死。此天人之憂苦者也。
新字:鮌治水土、績用不就、殛諸羽山。禹纂業事讐、惟荒土功、子産不字、過門不入、身体偏枯、手足胼胝。及受舜禅、卑宮室、美紱冕、戚戚然以至於死。此天人之憂苦者也。
書き下し
鮌は水土を治むるも、績用就らず、諸を羽山に殛す。禹は業を纂ぎ讐に事う。惟だ土功に荒れ、子產まるるも字せず、門を過ぐるも入らず。身體偏枯し、手足胼胝す。舜の禪を受くるに及び、宮室を卑くし、紱冕を美にし、戚戚然として以て死に至る。此れ天人の憂苦なる者なり。
現代語訳
鮌は水土を治めたが成果が上がらず、羽山で処刑された。禹はその事業を継ぎ、父の仇である舜に仕えた。ただ土木工事に没頭し、子が生まれても抱いてやらず、自分の家の門を通っても入らなかった。体の半分は萎え、手足はたこだらけになった。舜から禅譲を受けると、宮殿を質素にし、祭服だけを立派にし、憂え悲しんだまま死に至った。これは天下の人のなかでも、憂え苦しんだ者である」。
解説
禹の生涯は、父を処刑した相手に仕え、自分の子を抱かず、家の前を通っても入らず、体の半分が萎えるまで働いた、というものです。治水の英雄として語られるとき、この部分はたいてい献身の証として語られます。楊朱は同じ事実を、苦しみとして数え直します。どちらの読みが正しいかではなく、同じ事実がどちらにも読めることが要点です。仕事に打ち込んで家庭を顧みなかった人を、献身と呼ぶか犠牲と呼ぶか。呼び方を決めるのは、たいてい本人ではなく後の世です。
この章句が説くこと
禹は業を纂ぎ讐に事う子産まるるも字せず門を過ぐるも入らず身体偏枯し手足胼胝す
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『講孟余話』滕文公上 第四章「禹は八年外に於て、三たび其の門を過ぎて入らず」。禹の水を治むるや、塗山に娶りてより僅かに四日にして家を出づ。其の子啓生れて呱々として泣く、声外に聞ゆれども、敢へて門に入り是れを顧みず。且つ山川跋渉の労にて、手足胼胝し脛に毛なきに至る。其の労亦甚しと云ふべし。昔し聖人の天下の為にする是くの如し。然るに後世人君、生れては逸し生れては逸して、かかる艱難の事を夢にも知らず、実に勿体なきことなり。且つ本藩烈祖の如き、沐雨櫛風の労、甲冑生蝨の苦、大小二百五十度若しくは三百度に及ぶの戦場に臨み玉ふこと、実に夏禹八年の労に過ぐと云ふべし。今臣子たらん者此の恩を思はば、少しく自ら省みる所あるべし。禹の労に感じて遂に是れに及ぶ、亦是れ情の已むべからざるなり。
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