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易経
易経の章句一覧
易経の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全217句。
序卦
有天地,然後萬物生焉。盈天地之間者唯萬物,故受之以《屯》。《屯》者,盈也。屯者,物之始生也。物生必蒙,故受之以《蒙》。《
天と地があって、その後に万物が生まれます。天地のあいだに満ちているのは万物にほかならない。だ
《需》者,飲食之道也。飲食必有訟,故受之以《訟》。訟必有眾起,故受之以《師》。《師》者,眾也。眾必有所比,故受之以《比》
需とは、飲み食いして身を養う道です。飲食をめぐっては必ず争いごとが起こります。だから次に訟の
物畜然後有禮,故受之以《履》。履而泰然後安,故受之以《泰》。《泰》者,通也。物不可以終通,故受之以《否》。物不可以終否,
物が蓄えられて、その後にはじめて礼が生まれます。だから次に履の卦を置きます。礼を踏み行って安
有大者不可以盈,故受之以《謙》。有大而能謙必豫,故受之以《豫》。豫必有隨,故受之以《隨》。以喜隨人者必有事,故受之以《蠱
大きなものを持つ者は、いっぱいに満ち足りて驕ってはなりません。だから次に謙の卦を置きます。大
《臨》者,大也。物大然後可觀,故受之以《觀》。可觀而後有所合,故受之以《噬嗑》。嗑者,合也。物不可以苟合而已,故受之以《
臨とは、大きくなることです。物が大きくなって、その後にはじめて仰ぎ見るに値するものとなります
《剝》者,剝也。物不可以終盡剝,窮上反下,故受之以《復》。復則不妄矣,故受之以《无妄》。有无妄,然後可畜,故受之以《大畜
剝とは、剝ぎ落とされることです。しかし物事はいつまでも尽き果て剝がれ続けるわけにはいきません
物不可以終過,故受之以《坎》。《坎》者,陷也。陷必有所麗,故受之以《離》。《離》者,麗也。有天地然後有萬物,有萬物然後有
物事はいつまでも度を越したままではいられません。だから次に坎の卦を置きます。坎とは、落ち込む
夫婦之道不可以不久也,故受之以《恆》。《恆》者,久也。物不可以久居其所,故受之以《遯》。《遯》者,退也。物不可以終遯,故
夫婦の道は、長く続くものでなければなりません。だから次に恆の卦を置きます。恆とは、久しく続く
《晉》者,進也。進必有所傷,故受之以《明夷》。夷者,傷也。傷於外者必反於家,故受之以《家人》。家道窮必乖,故受之以《睽》
晋とは、進み昇ることです。進めば必ず傷つくところがあります。だから次に明夷の卦を置きます。夷
《蹇》者,難也。物不可以終難,故受之以《解》。《解》者,緩也。緩必有所失,故受之以《損》。損而不已必益,故受之以《益》。
蹇とは、行き悩む困難のことです。物事はいつまでも困難なままではいられません。だから次に解の卦
《姤》者,遇也。物相遇而後聚,故受之以《萃》。《萃》者,聚也。聚而上者謂之升,故受之以《升》。升而不已必困,故受之以《困
姤とは、思いがけず出会うことです。物と物とが出会って、その後に集まります。だから次に萃の卦を
革物者莫若鼎,故受之以《鼎》。主器者莫若長子,故受之以《震》。《震》者,動也。物不可以終動,止之,故受之以《艮》。《艮》
物を作り変えるものとしては、鼎にまさるものはありません。だから革の次に鼎の卦を置きます。祭器
漸者,進也。進必有所歸,故受之以《歸妹》。得其所歸者必大,故受之以《豐》。《豐》者,大也。窮大者必失其居,故受之以《旅》
漸とは、順を追って進むことです。進めば必ず落ち着く先、帰する先があります。だから次に帰妹の卦
《兌》者,說也。說而後散之,故受之以《渙》。《渙》者,離也。物不可以終離,故受之以《節》。節而信之,故受之以《中孚》。有
兌とは、喜ぶことです。喜べば、その後に固まっていたものが散り離れます。だから次に渙の卦を置き
彖伝
大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形。大明終始,六位時成。時乘六龍以御天。乾道變化,各正性命。保合太和,乃利貞
偉大なものだ、乾の元の力は。万物はこれによって始まり、この力が天のはたらきを統べている。雲が
至哉坤元,萬物資生,乃順承天。坤厚載物,德合無疆。含弘光大,品物咸亨。牝馬地類,行地無疆,柔順利貞。君子攸行,先迷失道,
至れり尽くせりだ、坤の元の力は。万物はこれによって生じ、天のはたらきに順って受けとめる。坤は
屯,剛柔始交而難生。動乎險中,大亨貞。雷雨之動滿盈,天造草昧。宜尋建侯而不寧。
屯とは、剛と柔とが初めて交わって、そこに困難が生じることである。危険のただ中で動く。それでも
蒙,山下有險,險而止,蒙。“蒙亨”,以亨行,時中也。“匪我求童蒙,童蒙求我”。志應也。“初筮告”,以剛中也。“再三瀆,瀆
蒙とは、山のふもとに危険があり、危険に阻まれて止まっている、それが蒙である。「蒙は通じる」と
“需”,須也。險在前也,剛健而不陷,其義不困窮矣。“需,有孚,光亨,貞吉”,位乎天位,以正中也。“利涉大川”,往有功也。
「需」とは、待つということである。危険が前方にあるからだ。だが剛健であって落ち込まず、その意
訟,上剛下險,險而健,訟。“訟有孚窒惕,中吉”,剛來而得中也。“終凶”,訟不可成也。“利見大人”,尚中正也。“不利涉大川
訟とは、上が剛強で下が険しく、険しくしかも強い、それが訟である。「訟は誠実さがあってもふさが
師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣。剛中而應,行險而順,以此毒天下,而民從之,吉又何咎矣。
師とは、大衆・軍勢のことである。貞とは、正しさである。よく大衆を率いて正しくあることができれ
比,吉也;比,輔也,下順從也。“原筮,元永貞,無咎”,以剛中也。“不寧方來”,上下應也。“後夫凶”,其道窮也。
比は吉である。比とは、たすけ合うことであり、下の者が順って従うことである。「重ねて占う。大い
“小畜”,柔得位而上下應之,曰小畜。健而巽,剛中而志行,乃亨。“密雲不雨”,尚往也。“自我西郊”,施未行也。
「小畜」とは、柔がふさわしい位を得て、上下の者がこれに呼応する。だから小畜という。強健であり
“履”,柔履剛也。説而應乎乾,是以“履虎尾,不咥人”。亨,剛中正,履帝位而不疚,光明也。
「履」とは、柔が剛を踏むことである。よろこびをもって乾に呼応する。だからこそ「虎の尾を踏んで
“泰,小往大來。吉,亨。”則是天地交而萬物通也,上下交而其志同也。內陽而外陰,內健而外順,內君子而外小人,君子道長,小人
「泰は、小さなものが去り大きなものが来る。吉であり、通じる」とは、天と地とが交わって万物が通
“否之匪人,不利君子貞,大往小來。”則是天地不交而萬物不通也,上下不交而天下無邦也;內陰而外陽,內柔而外剛,內小人而外君
「否は人の道にかなわない。君子が正しさを守るのに適さない。大きなものが去り小さなものが来る」
“同人”,柔得位得中,而應乎乾,曰同人。同人曰:“同人於野,亨。利涉大川”,乾行也。文明以健,中正而應,君子正也。唯君子
「同人」とは、柔がふさわしい位を得、中を得て、乾に呼応する。だから同人という。同人にいう、「
“大有”,柔得尊位,大中而上下應之,曰“大有”。其德剛健而文明,應乎天而時行,是以元亨。
「大有」とは、柔が尊い位を得て、大いに中を得ており、上下の者がこれに呼応する。だから「大有」
謙,亨。天道下濟而光明,地道卑而上行。天道虧盈而益謙,地道變盈而流謙,鬼神害盈而福謙,人道惡盈而好謙。謙,尊而光,卑而不
謙は通じる。天の道は下に恵みを施して光り輝き、地の道は低くありながら上へと昇っていく。天の道
豫,剛應而志行,順以動,豫。豫順以動,故天地如之,而況建侯行師乎?天地以順動,故日月不過,而四時不忒。聖人以順動,則刑罰
豫とは、剛に人々が呼応してその志が行われ、道理に順って動く、それが豫である。豫は道理に順って
隨,剛來而下柔,動而説,隨。大亨貞無咎,而天下隨時,隨時之義大矣哉!
隨とは、剛が来て柔の下にへりくだる。動いてよろこぶ。それが隨である。大いに通じ、正しくあれば
蠱,剛上而柔下,巽而止,蠱。蠱,元亨而天下治也。“利涉大川”,往有事也。“先甲三日,後甲三日”,終則有始,天行也。
蠱とは、剛が上に行き柔が下に行き、従いながら止まる、それが蠱である。蠱は、大いに通じて天下が
臨,剛浸而長,説而順,剛中而應。大亨以正,天之道也。“至於八月有凶”,消不久也。
臨とは、剛がしだいに伸びていく。よろこびをもって順い、剛が中を得て呼応し合う。大いに通じてし
大觀在上,順而巽,中正以觀天下,觀。“盥而不薦,有孚顒若”,下觀而化也。觀天之神道,而四時不忒,聖人以神道設教,而天下服
大いなる見本が上にある。従順でへりくだり、中正であって天下に示す。それが観である。「手を清め
頤中有物曰噬嗑。噬嗑而亨,剛柔分,動而明,雷電合而章。柔得中而上行,雖不當位,利用獄也。
口の中に物があるのを噬嗑という。噛み合わせることで通じる。剛と柔とが分かれて位置し、動いてし
賁亨,柔來而文剛,故亨。分,剛上而文柔,故小利有攸往。剛柔交錯,天文也。文明以止,人文也。觀乎天文,以察時變;觀乎人文,
賁は通じる。柔が来て剛を飾る。だから通じるのである。分かれて、剛が上って柔を飾る。だから少し
剝,剝也。柔變剛也。“不利有攸往”,小人長也。順而止之,觀象也。君子尚消息盈虛,天行也。
剝とは、はぎ落とすことである。柔が剛を変えてしまうことである。「進んで行くところがあるのはよ
“復,亨”。剛反,動而以順行。是以“出入無疾,朋來無咎”。“反復其道,七日來復”,天行也。“利有攸往”,剛長也。復,其見
「復は通じる」。剛が返ってくる。動いて、道理に順って行う。だから「出入りに障りがなく、友が来
無妄,剛自外來而為主於內,動而健,剛中而應。大亨以正,天之命也。“其匪正有眚,不利有攸往”,無妄之往何之矣?天命不祐,行
無妄とは、剛が外から来て内側の主となる。動いて健やかであり、剛が中を得て呼応し合う。大いに通
大畜,剛健篤實,輝光日新。其德剛上而尚賢,能止健,大正也。“不家食吉”,養賢也。“利涉大川”,應乎天也。
大畜とは、剛健で誠実であり、その輝きが日々に新しい。その徳は、剛が上にあって賢者を尊び、強健
頤,貞吉,養正則吉也。觀頤,觀其所養也。自求口實,觀其自養也。天地養萬物,聖人養賢以及萬民,頤之時大矣哉!
頤が正しくして吉であるというのは、正しさを養えば吉だからである。頤を観るとは、その人が何を養
“大過”,大者過也。“棟撓”,本末弱也。剛過而中,巽而説,行。利有攸往,乃亨。“大過”之時大矣哉!
「大過」とは、大きなものが過ぎている、行き過ぎているということである。「棟木がたわむ」とは、
“習坎”,重險也。水流而不盈。行險而不失其信。維心亨,乃以剛中也。“行有尚”,往有功也。天險,不可陞也。地險,山川丘陵也
「習坎」とは、危険が重なることである。水は流れつづけて、あふれ満ちることがない。危険な道を行
離,麗也。日月麗乎天,百谷草木麗乎土。重明以麗乎正,乃化成天下。柔麗乎中正,故,是以“畜牝牛吉”也。
離とは、つき従い寄りかかることである。日と月とは天に寄りかかり、多くの穀物や草木は土に寄りか
咸,感也。柔上而剛下,二氣感應以相與。止而説,男下女,是以“亨利貞,取女吉”也。天地感而萬物化生,聖人感人心而天下和平。
咸とは、感じ合うことである。柔らかな陰が上に位置し、剛強な陽が下にへりくだって、二つの気が感
恆,久也。剛上而柔下。雷風相與,巽而動,剛柔皆應,恆。“恆亨無咎利貞”,久於其道也。天地之道恆久而不已也。“利有攸往”,
恒とは、長く続くことである。剛が上にあり、柔が下にある。雷と風とが助け合い、へりくだりつつ動
“遯亨”,遯而亨也。剛當位而應,與時行也。“小利貞”,浸而長也。遯之時義大矣哉!
「遯は通じる」とは、退くことによってかえって通じるということである。剛強な者が正しい位にあっ
大壯,大者壯也。剛以動,故壯。“大壯利貞”,大者正也。正大,而天地之情可見矣。
大壮とは、大いなるものが盛んであるということだ。剛強な力をもって動く、だからこそ盛んなのであ
晉,進也,明出地上。順而麗乎大明,柔進而上行,是以“康侯用錫馬蕃庶,晝日三接”也。
晋とは、進むことである。太陽の明るさが地上に昇り出る形をしている。柔順に従って大いなる明るさ
明入地中,“明夷”。內文明而外柔順,以蒙大難,文王以之。“利艱貞”,晦其明也,內難而能正其志,箕子以之。
明るさが地の中に沈み入る、これが明夷である。内には文明の徳をそなえ、外には柔順にふるまいなが
家人,女正位乎內,男正位乎外。男女正,天地之大義也。家人有嚴君焉,父母之謂也。父父,子子,兄兄,弟弟,夫夫,婦婦,而家道
家人の卦では、女は内にあってその位を正しくし、男は外にあってその位を正しくする。男女がそれぞ
睽,火動而上,澤動而下。二女同居,其志不同行。説而麗乎明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以小事吉。天地睽而其事同也。男女睽
睽とは、火は動いて上へ昇り、沢の水は動いて下へ流れる、その離れゆく姿である。二人の女が同じ家
蹇,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉!蹇,利西南”,往得中也。“不利東北”,其道窮也。“利見大人”,往有功也。當位”貞
蹇とは、行き悩むことであり、険しさが前方に立ちふさがっているのである。険しさを目にしてよく止
解,險以動,動而免乎險,解。“解,利西南”,往得眾也。“其來復吉”,乃得中也。“有攸往夙吉。”,往有功也。天地解而雷雨作
解とは、険難のなかにあって動き、動くことによって険難を免れる、それが解である。「解は西南に向
損,損下益上,其道上行。損而有孚,元吉,無咎,可貞,利有攸往,曷之用?二簋可用享。二簋應有時。損剛益柔有時,損益盈虛,與
損とは、下を減らして上に加えることであり、その道は上へ向かって行く。減らすにあたって誠実さが
“益”,損上益下,民説無疆。自上下下,其道大光。“利有攸往”,中正有慶。“利涉大川”,木道乃行。益動而巽,日進無疆。天施
益とは、上を減らして下に加えることであり、民の喜びは限りがない。上に立つ者がみずから身を低く
“夬”,決也,剛決柔也。健而説,決而和。“揚於王庭”,柔乘五剛也。“孚號有厲”,其危乃光也。“告自邑,不利即戎”,所尚乃
夬とは決断・決去である。剛(陽)が柔(陰)を決し去ることをいう。剛健でありながら和やかに喜び
姤,遇也,柔遇剛也。勿用取女”,不可與長也。天地相遇,品物咸章也。剛遇中正,天下大行也。姤之時義大矣哉!
姤とは出会いである。柔(陰)が剛(陽)に出会うことをいう。「その女を娶ってはならない」とは、
“萃”,聚也。順以説,剛中而應,故聚也。“王假有廟”,致孝享也。“利見大人亨”,聚以正也。“用大牲吉,利有攸往”,順天命
萃とは集まることである。従順であって喜び、剛が中を得て応じ合う。だからこそ人が集まるのである
柔以時升,巽而順,剛中而應,是以大亨,“用見大人勿恤”,有慶也。“南征吉”,志行也。
柔らかなものが、時に従って上へと昇っていく。へりくだって従順であり、剛が中を得て応じ合う。だ
“困”,剛掩也。險以説,因而不失其所,亨,其唯君子乎。“貞大人吉”,以剛中也。“有言不信”,尚口乃窮也。
困とは、剛(陽)が柔(陰)に覆い隠されることである。危険な中にあってもなお喜びを失わず、苦し
巽乎水而上水,井。井養而不窮也。“改邑不改井,”乃以剛中也。“汔至,亦未繘井”,未有功也。“羸其甁”,是以凶也。
水の中に入って水を汲み上げる、それが井(井戸)である。井戸は人を養って尽きることがない。「町
革,水火相息,二女同居,其志不相得曰革。“已日乃孚”,革而信之。文明以説,大亨以正。革而當,其悔乃亡。天地革而四時成,湯
革とは、水と火が互いに消し合い、二人の女が同じ家に住みながらその志が合わない、そうした状態を
鼎,象也。以木巽火,亨飪也。聖人亨以享上帝,而大亨以養聖賢。巽而耳目聰明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。
鼎とは、かたどられた器の象である。木を火に入れて、煮炊きをする。聖人はこれを煮て天帝をまつり
震,亨。“震來虩虩”,恐致福也。“笑言啞啞”,後有則也。“震驚百里”,驚遠而懼邇也。“不喪匕鬯”,出可以守宗廟社稷,以為
震は通じる。「雷が轟いてきて、びくびくと恐れ慎む」とは、恐れ慎むことによって福を招き寄せると
艮,止也。時止則止,時行則行,動靜不失其時,其道光明。“艮其止”,止其所也。上下敵應,不相與也。是以“不獲其身,行其庭,
艮とは止まることである。止まるべき時には止まり、進むべき時には進む。動くも静かにするも、その
漸之進也,女歸吉也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位剛得中也。止而巽,動不窮也。
漸のようにゆるやかに進むあり方は、女性が嫁いでいくのが吉であることに通じる。進んでしかるべき
歸妹,天地之大義也。天地不交而萬物不興。歸妹,人之終始也。説以動,所歸妹也。“徵凶”,位不當也。“無攸利”,柔乘剛也。
帰妹(若い娘が嫁ぐこと)は、天地の大いなる道理である。天と地とが交わらなければ、万物は生まれ
豐,大也。明以動,故豐。“王假之”,尚大也。“勿憂宜日中”,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人
豊とは大きく盛んなことである。明らかであって、そのうえで動く。だから豊かに盛んなのである。「
“旅小亨”,柔得中乎外,而順乎剛,止而麗乎明,是以“小亨旅貞吉”也。旅之時義大矣哉!
「旅はわずかに通じる」とは、柔(陰)が外卦において中を得て、剛(陽)に素直に従い、内に止まり
重巽以申命。剛巽乎中正而志行。柔皆順乎剛,是以“小亨,利有攸往,利見大人”。
巽が上下に重なるので、命令を繰り返して行き渡らせる。剛が中正の位にあって素直に従うので、その
兌,説也。剛中而柔外,説以利貞,是以順乎天而應乎人。説以先民,民忘其勞。説以犯難,民忘其死。説之大,民勸矣哉!
兌は喜びである。剛が内にあって芯となり、柔が外にあらわれる。喜びは正しさを守ってこそよい。だ
“渙,亨”,剛來而不窮,柔得位乎外而上同。“王假有廟”,王乃在中也。“利涉大川”,乘木有功也。
「渙は通じる」というのは、剛が内に来て行き詰まらず、柔が外卦で正しい位を得て、上位の者と志を
“節亨”。剛柔分而剛得中。“苦節不可貞”,其道窮也。説以行險,當位以節,中正以通。天地節而四時成。節以制度,不傷財,不害
「節は通じる」。剛と柔が分かれて釣り合い、剛が中を得ているからである。「苦しいばかりの節度は
“中孚”,柔在內而剛得中,説而巽,孚乃化邦也。“豚魚吉”,信及豚魚也。“利涉大川”,乘木舟虛也。中孚以利貞,乃應乎天也。
中孚は、心の中にまことがあるということ。柔が内にあり、剛が中を得て、和らぎながら素直に従うの
小過,小者過而亨也。過以利貞,與時行也。柔得中,是以小事吉也。剛失位而不中,是以不可大事也。有飛鳥之象焉,“飛鳥遺之音,
小過は、小さなものがやや度を過ごしても通じるということ。度を過ごすときも正しさを守るのがよい
“既濟,亨”,小者亨也。“利貞”。剛柔正而位當也。“初吉”,柔得中也。“終止則亂”,其道窮也。
「既済は通じる」というのは、小さなものにまで行き渡って通じるということである。「正しさを守る
“未濟,亨”,柔得中也。“小狐汔濟”,未出中也。“濡其尾,無攸利”,不續終也。雖不當位,剛柔應也。
「未済は通じる」とは、柔が中を得ているからである。「小狐がもう少しで渡りきる」とは、まだ川の
文言
《文言》曰:「元」者,善之長也;「亨」者,嘉之會也;「利」者,義之和也;「貞」者,事之幹也。君子體仁足以長人,嘉會足以合
文言伝にいう。元とは、もろもろの善のかしらである。亨とは、美しいものが寄り集まることである。
初九曰、「潛龍勿用」,何謂也?子曰:「龍、德而隱者也。不易乎世,不成乎名,遯世无悶,不見是而无悶。樂則行之,憂則違之,確
初九に「ひそめる龍、用いるな」とあるのは、どういう意味か。先生が言われた。「龍の徳を備えなが
九三曰:「君子終日乾乾、夕惕若、厲、无咎」。何謂也?子曰:「君子進德脩業,忠信,所以進德也,脩辭立其誠,所以居業也。知至
九三に「君子は一日じゅう努め励み、夕方になっても慎み恐れている。危ういけれども咎はない」とあ
九四曰:「或躍在淵,无咎。」何謂也?子曰:「上下无常,非為邪也。進退无恆,非離群也。君子進德脩業,欲及時也,故无咎。」九
九四に「あるいは躍り上がり、あるいは淵にとどまる。咎はない」とあるのは、どういう意味か。先生
上九曰:「亢龍有悔」,何謂也?子曰:「貴而无位,高而无民,賢人在下位而无輔,是以動而有悔也。」「潛龍勿用」,下也;「見龍
上九に「昂ぶり上りつめた龍には悔いがある」とあるのは、どういう意味か。先生が言われた。「尊い
「潛龍勿用」,陽氣潛藏。「見龍在田」,天下文明。「終日乾乾」,與時偕行。「或躍在淵」,乾道乃革。「飛龍在天」,乃位乎天德
「ひそめる龍、用いるな」とは、陽の気がまだひそみ隠れているということである。「あらわれた龍が
《乾》「元」者,始而亨者也。「利貞」者,性情也。乾始能以美利利天下,不言所利,大矣哉!大哉乾乎!剛健中正,純粹精也。六爻
乾の元とは、はじまりであってそのまま通じてゆくものである。利貞とは、乾のもって生まれた性質と
君子學以聚之,問以辯之,寬以居之,仁以行之。《易》曰「見龍在田、利見大人」,君德也。九三重剛而不中,上不在天,下不在田,
君子は学んで知識を集め、問うてその是非を明らかにし、寛やかな心でその中に身を置き、仁の心でこ
九四重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人,故「或」之。「或」之者、疑之也,故「无咎」。夫「大人」者、與天地合其德,與
九四は剛の爻が重なっていて中を得ておらず、上は天にあるわけでもなく、下は田にあるわけでもなく
「亢」之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪。其唯聖人乎!知進退存亡而不失其正者,其唯聖人乎!《文言》曰:《
「昂ぶる」という言葉は、進むことは知っていて退くことを知らず、存続することは知っていて滅びる
積善之家,必有餘慶;積不善之家,必有餘殃。臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辯之不早辯也。《易》曰「
善を積み重ねた家には、必ず余りある喜びごとがある。不善を積み重ねた家には、必ず余りある災いが
陰雖有美「含」之以從王事,弗敢成也。地道也,妻道也,臣道也。地道「无成」而代「有終」也。天地變化,草木蕃。天地閉,賢人隱
陰は美点を持っていても、それを内に含みおさめて王の事業に従い、あえて自分の手柄として成し遂げ
君子「黃」中通理,正位居體,美在其中而暢於四支,發於事業,美之至也。陰疑於陽必「戰」,為其嫌於无陽也,故稱「龍」焉。猶未
君子は中に黄の徳を備えて物事の道理に通じ、その位を正しくして身を落ち着け、美しさが内に満ちて
繋辞上
天尊地卑,乾坤定矣。卑高以陳,貴賤位矣。動靜有常,剛柔斷矣。方以類聚,物以群分,吉凶生矣。在天成象,在地成形,變化見矣。
天は高く尊く、地は低く卑い。そこから乾と坤という二つのはたらきの位置が定まる。低いものと高い
易則易知,簡則易從。易知則有親,易從則有功。有親則可久,有功則可大。可久則賢人之德,可大則賢人之業。易簡,而天下之理得矣
平易であれば理解されやすく、簡素であれば従いやすい。理解されやすければ人がなつき親しみ、従い
是故,吉凶者,失得之象也。悔吝者,懮虞之象也。變化者,進退之象也。剛柔者,晝夜之象也。六爻之動,三極之道也。是故,君子所
そういうわけで、吉と凶とは、失うことと得ることのかたちである。悔(くい)と吝(やぶさかさ)と
是故,君子居則觀其象,而玩其辭;動則觀其變,而玩其占。是以自天祐之,吉无不利。彖者,言乎象者也。爻者,言乎變者也。吉凶者
そういうわけで、君子は静かに居るときにはその卦の象をよく観て、そこに付された言葉を味わい、行
是故,列貴賤者存乎位。齊小大者,存乎卦。辯吉凶者,存乎辭。懮悔吝者,存乎介。震无咎者,存乎悔。是故,卦有小大,辭有險易。
そういうわけで、貴賤の序列を並べるのは爻の位にあり、小さいか大きいかを見定めるのは卦にあり、
一陰一陽之謂道,繼之者善也,成之者性也。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知。百姓日用而不知,故君子之道鮮矣。顯諸仁,藏諸用,
一たび陰となり一たび陽となる、そのはたらきを道という。これを受け継いでゆくのが善であり、これ
夫易,廣矣大矣,以言乎遠,則不禦;以言乎邇,則靜而正;以言乎天地之間,則備矣。夫乾,其靜也專,其動也直,是以大生焉。夫坤
そもそも易とは、広く、そして大きなものである。遠いものについて語れば、どこまでも行き渡って遮
子曰:「易其至矣乎!」,夫易,聖人所以崇德而廣業也。知崇禮卑,崇效天,卑法地。天地設位,而易行乎其中矣,成性存存,道義之
先生が言われた、「易とは、まことに極まったものだ」と。そもそも易は、聖人が徳を高くし、事業を
子曰:「君子居其室,出其言,善則千里之外應之,況其邇者乎,居其室,出其言不善,則千里之外違之,況其邇者乎,言出乎身,加乎
先生が言われた。「君子が自分の部屋にいて言葉を発するとき、その言葉が善ければ、千里の外の人ま
「同人,先號咷而後笑。」子曰:「君子之道,或出或處,或默或語,二人同心,其利斷金。同心之言,其臭如蘭。」「初六,藉用白茅
「同人の卦に、はじめは声をあげて泣き、のちに笑う、とある。」先生が言われた。「君子の道は、あ
「勞謙君子,有終吉。」子曰:「勞而不伐,有功而不德,厚之至也,語以其功下人者也。德言盛,禮言恭,謙也者,致恭以存其位者也
「謙の卦に、労苦を重ねてなお謙虚な君子は、よい終わりを得て吉である、とある。」先生が言われた
「不出戶庭,无咎。」子曰:「亂之所生也,則言語以為階。君不密,則失臣;臣不密,則失身;幾事不密,則害成。是以君子慎密而不
「節の卦に、家の庭から外に出なければ、咎はない、とある。」先生が言われた。「乱れの生じるもと
天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十。天數五,地數五,五位相得而各有合。天數二十有五,地數三十,凡天地之數,
天は一、地は二、天は三、地は四、天は五、地は六、天は七、地は八、天は九、地は十である。天の数
乾之策,二百一十有六;坤之策,百四十有四,凡三百有六十,當期之日。二篇之策,萬有一千五百二十,當萬物之數也。是故,四營而
乾の策の数は二百十六、坤の策の数は百四十四、合わせて三百六十となり、ちょうど一年の日数にあた
易有聖人之道四焉;以言者尚其辭,以動者尚其變,以制器者尚其象,以卜筮者尚其占。以君子將有為也,將有行也,問焉而以言,其受
易には聖人の道が四つある。言葉を用いる者はその辞を尊び、行動する者はその変化を尊び、道具を作
參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天下之文。極其數,遂定天下之象。非天下之至變,其孰能與於此。易无思也,无為也,寂然不動,
三に組み五に組んで数を変じ、その数を入り組ませ組み合わせる。その変化に通じることで、ついに天
夫易,聖人之所以極深而研幾也。唯深也,故能通天下之志。唯幾也,故能成天下之務。唯神也,故不疾而速,不行而至。子曰:「易有
そもそも易は、聖人が奥深いところを究め、ごく微かな兆しを研き明かすためのものである。ただ奥深
是以,明於天之道,而察於民之故,是興神物以前民用。聖人以此齊戒,以神明其德夫!是故,闔戶謂之坤;闢戶謂之乾;一闔一闢謂之
こうして天の道に明らかであり、人々の営みの事情をよく察して、そこで蓍のような神妙な道具を興し
是故,易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦,八卦定吉凶,吉凶生大業。是故,法象莫大乎天地,變通莫大乎四時,縣象著明
そういうわけで、易には太極がある。太極が両儀(陰と陽)を生み、両儀が四象を生み、四象が八卦を
是故,天生神物,聖人則之;天地變化,聖人效之;天垂象,見吉凶,聖人象之。河出圖,洛出書,聖人則之。易有四象,所以示也。繫
そういうわけで、天が神妙な物を生じれば、聖人はこれにのっとる。天地が変化すれば、聖人はこれに
子曰:「書不盡言,言不盡意。然則聖人之意,其不可見乎。」子曰:「聖人立象以盡意,設卦以盡情偽,繫辭以盡其言,變而通之以盡
先生が言われた。「書物は言葉を尽くしきれず、言葉は心の思いを尽くしきれない。とすれば、聖人の
是故,夫象,聖人有以見天下之賾,而擬諸其形容,象其物宜,是故謂之象。聖人有以見天下之動,而觀其會通,以行其典禮,繫辭焉,
そういうわけで、そもそも象とは、聖人が天下の入り組んだありさまを見てとり、それをかたちになぞ
繋辞下
八卦成列,象在其中矣。因而重之,爻在其中矣。剛柔相推,變在其中矣。繫辭焉而命之,動在其中矣。吉凶悔吝者,生乎動者也。剛柔
八つの卦が並び立つと、そこにすでに万物の象が含まれている。それを重ねて六十四卦とすれば、その
夫乾,確然示人易矣。夫坤,隤然示人簡矣。爻也者,效此者也。象也者,像此者也。爻象動乎內,吉凶見乎外,功業見乎變,聖人之情
乾は堅く確かなありようで、人に対してたやすくその働きを示す。坤はやわらかく従うありようで、人
古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文,與地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,
むかし包犠氏が天下に王として臨んだとき、仰いでは天のかたちを観察し、伏しては地のありようを観
包犧氏沒,神農氏作,斲木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下,蓋取諸益。日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其
包犠氏が没して神農氏が興った。木を削って鋤の先をつくり、木をたわめて鋤の柄をつくり、耕し除草
刳木為舟,剡木為楫,舟楫之利,以濟不通,致遠以利天下,蓋取諸渙。服牛乘馬,引重致遠,以利天下,蓋取諸隨。重門擊柝,以待暴
木をくりぬいて舟をつくり、木を削って櫂をつくった。舟と櫂の利便によって、行き来のできなかった
弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利,以威天下,蓋取諸睽。上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇,以待風雨,蓋取諸大壯。古
木に弦を張って弓をつくり、木を削って矢をつくった。弓矢の利便によって、天下に威を示した。これ
上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。是故,易者,象也,象也者像也。彖者,材也,爻也者,效天下
大昔は縄を結んで事を記し、政を行っていた。後世の聖人はこれを改めて文字と契約書を用いるように
易曰:「憧憧往來,朋從爾思。」子曰:「天下何思何慮?天下同歸而殊塗,一致而百慮,天下何思何慮?」「日往則月來,月往則日來
易にいう、「心落ち着かず行ったり来たりすれば、友もお前の思いに引きずられる」と。孔子はいわれ
「尺蠖之屈,以求信也。龍蛇之蟄,以存身也。精義入神,以致用也。利用安身,以崇德也。過此以往,未之或知也。窮神知化,德之盛
「尺取虫が身を縮めるのは、次に伸びようとするためである。竜や蛇が冬ごもりするのは、身を保つた
易曰:「公用射隼,于高墉之上,獲之无不利。」子曰:「隼者禽也,弓矢者器也,射之者人也。君子藏器於身,待時而動,何不利之有
易にいう、「公が高い城壁の上で隼を射て、これを射止めた。利あらぬことはない」と。孔子はいわれ
子曰:「小人不恥不仁,不畏不義,不見利不勸,不威不懲,小懲而大誡,此小人之福也。易曰:『履校滅趾无咎,此之謂也』。」「善
孔子はいわれた。「小人は不仁を恥じず、不義を畏れない。利益が見えなければ励まず、脅されなけれ
子曰:「危者,安其位者也;亡者,保其存者也;亂者,有其治者也。是故,君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘亂;是以身安而國
孔子はいわれた。「危うくなるのは、今の地位に安住している者である。滅びるのは、今の存続が保た
子曰:「德薄而位尊,知小而謀大,力小而任重,鮮不及矣,易曰:『鼎折足,覆公餗,其形渥,凶。』言不勝其任也。」子曰:「知幾
孔子はいわれた。「徳が薄いのに地位が高く、知恵が乏しいのに大きなことを謀り、力が小さいのに重
子曰:「顏氏之子,其殆庶幾乎?有不善未嘗不知,知之未嘗復行也。易曰:『不遠復,无祇悔,元吉。』」天地絪縕,萬物化醇,男女
孔子はいわれた。「顔氏の子は、ほとんど道に近づいた者というべきだろう。よくないことがあれば、
子曰:「君子安其身而後動,易其心而後語,定其交而後求,君子脩此三者,故全也,危以動,則民不與也,懼以語,則民不應也,无交
孔子はいわれた。「君子は自分の身を安定させてから動き、自分の心を穏やかにしてから語り、相手と
子曰:「乾坤其易之門邪?乾,陽物也;坤,陰物也;陰陽合德,而剛柔有體,以體天地之撰,以通神明之德,其稱名也雜而不越,於稽
孔子はいわれた。「乾と坤は、易の入口といえようか。乾は陽のもの、坤は陰のものである。陰と陽と
易之興也,其於中古乎,作易者,其有憂患乎。是故,履,德之基也;謙,德之柄也;復,德之本也;恆,德之固也;損德之脩也;益,
易が興ったのは、中古の世であろうか。易を作った者には、深い憂いと患いがあったのだろうか。だか
履,和而至;謙,尊而光;復,小而辨於物;恆,雜而不厭;損,先難而後易;益,長裕而不設;困,窮而通;井,居其所而遷,巽,稱
履は、和やかでありながら目的に至る。謙は、尊くありながらなお光り輝く。復は、わずかな始まりで
易之為書也不可遠,為道也屢遷,變動不居,周流六虛,上下无常,剛柔相易,不可為典要,唯變所適,其出入以度,外內使知懼,又明
易という書は、遠ざけてはならない。その説く道は、たびたび移り変わる。変わり動いて一つ所に留ま
易之為書也,原始要終,以為質也,六爻相雜,唯其時物也,其初難知,其上易知,本末也,初辭擬之,卒成之終,若夫雜物撰德,辨是
易という書は、初めをたずね終わりを求めることを、その本質としている。六つの爻が入り混じるのは
二與四同功,而異位,其善不同,二多譽,四多懼,近也,柔之為道,不利遠者,其要无咎,其用柔中也,三與五同功,而異位,三多凶
第二爻と第四爻とは、はたらきを同じくしながら位を異にしており、その善さも同じではない。第二爻
易之為書也,廣大悉備,有天道焉,有人道焉,有地道焉。兼三材而兩之,故六六者,非它也,三材之道也,道有變動,故曰爻,爻有等
易という書は、広く大きく、すべてを備えている。そこには天の道があり、人の道があり、地の道があ
易之興也,其當殷之末世,周之盛德邪,當文王與紂之事邪,是故其辭危,危者使平,易者使傾,其道甚大,百物不廢,懼以終始,其要
易が興ったのは、殷の末の世、周の徳が盛んになろうとする時にあたるのだろうか。文王と紂王との出
能說諸心,能研諸侯之慮,定天下之吉凶,成天下之亹亹者,是故,變化云為,吉事有祥,象事知器,占事知來。天地設位,聖人成能。
よく人の心を喜ばせ、よく人の思慮を研ぎ澄まし、天下の吉凶を定め、天下のたゆまぬ営みを成し遂げ
變動以利言,吉凶以情遷。是故愛惡相攻而吉凶生,遠近相取而悔吝生,情偽相感而利害生。凡易之情,近而不相得則凶,或害之,悔且
変化と動きは利という面から語られ、吉凶は人の情のありように従って移る。だからこそ、愛と憎しみ
説卦
昔者聖人之作《易》也,幽贊於神明而生蓍,參天兩地而倚數,觀變於陰陽而立卦,發揮於剛柔而生爻,和順於道德而理於義,窮理盡性
むかし聖人が易を作ったとき、目に見えないはたらきを深く助けとして蓍(めどぎ)による占いを生み
天地定位,山澤通氣,雷風相薄,水火不相射,八卦相錯。數往者順,知來者逆,是故《易》逆數也。雷以動之,風以散之,雨以潤之,
天と地が上下の位置を定め、山と沢とは気を通わせ、雷と風とは互いに迫り合い、水と火とは互いに害
帝出乎震,齊乎巽,相見乎離,致役乎坤,說言乎兌,戰乎乾,勞乎坎,成言乎艮。萬物出乎震,震東方也。齊乎巽,巽東南也,齊也者
万物を主宰するはたらきは、震(東)に出で、巽(東南)でととのい、離(南)で互いにあらわれ見え
神也者、妙萬物而為言者也。動萬物者莫疾乎雷,橈萬物者莫疾乎風,燥萬物者莫熯乎火,說萬物者莫說乎澤,潤萬物者莫潤乎水,終萬
神とは、万物を微妙にはたらかせるさまを言ったものである。万物を動かすものとして雷より速いもの
乾,健也;坤,順也;震,動也;巽,入也;坎,陷也;離,麗也;艮,止也;兌,說也。乾為馬。坤為牛。震為龍。巽為雞。坎為豕。
乾は健やかに休まず進むこと、坤は順い受けとめること、震は動くこと、巽は入り込むこと、坎は落ち
乾,天也,故稱乎父。坤,地也,故稱乎母。震一索而得男,故謂之長男。巽一索而得女,故謂之長女。坎再索而得男,故謂之中男。離
乾は天であるから父と呼ぶ。坤は地であるから母と呼ぶ。震は一度求めて男を得たものであるから長男
乾為天,為圜,為君,為父,為玉,為金,為寒,為冰,為大赤,為良馬,為老馬,為瘠馬,為駁馬,為木果。坤為地,為母,為布,為
乾は天にあて、まるいものにあて、君主にあて、父にあて、玉にあて、金にあて、寒さにあて、氷にあ
震為雷,為龍,為玄黃,為旉,為大塗,為長子,為決躁,為蒼筤竹,為萑葦。其於馬也,為善鳴,為馵足,為作足,為的顙。其於稼也
震は雷にあて、龍にあて、黒みがかった黄にあて、咲き広がることにあて、大きな道にあて、長男にあ
坎為水,為溝瀆,為隱伏,為矯輮,為弓輪。其於人也,為加憂,為心病,為耳痛,為血卦,為赤。其於馬也,為美脊,為亟心,為下首
坎は水にあて、みぞや堀にあて、隠れ伏すことにあて、木をためて曲げることにあて、弓や車輪にあて
離為火,為日,為電,為中女,為甲胃,為戈兵。其於人也,為大腹。為乾卦,為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜。其於木也,為科上槁。
離は火にあて、日にあて、いなずまにあて、中女にあて、よろいかぶとにあて、ほこや武器にあてる。
象伝
天行健,君子以自強不息。
天の運行は力強く健やかで、一瞬も休むことがない。君子はこれにならい、自ら努め励んで、途中でや
地勢坤,君子以厚德載物。
大地のありさまは、どこまでも従順で広く厚い。君子はこれにならい、徳を厚くして万物を載せ支える
雲雷,屯;君子以經綸。
雲がわき雷が鳴る、これが屯の形である。君子はこれにならい、もつれた糸を整えるように、物事の筋
山下出泉,蒙;君子以果行育德。
山のふもとから泉がわき出る、これが蒙の形である。君子はこれにならい、行いを果断に実行し、そう
雲上於天,需;君子以飲食宴樂。
雲が天に上っている、これが需の形である。君子はこれにならい、飲み食いし楽しみながら、時が満ち
天與水違行,訟;君子以作事謀始。
天と水とがたがいに背いて進む、これが訟の形である。君子はこれにならい、事を始めるにあたって、
地中有水,師;君子以容民畜眾。
大地の中に水がたくわえられている、これが師の形である。君子はこれにならい、民を受け入れ、人々
地上有水,比;先王以建萬國,親諸侯。
大地の上に水がある、これが比の形である。先王はこれにならい、多くの国を建て、諸侯と親しく交わ
風行天上,小畜;君子以懿文德。
風が天の上を吹きわたる、これが小畜の形である。君子はこれにならい、文の徳を美しく磨きととのえ
上天下澤,履;君子以辨上下,定民志。
上に天があり、下に沢がある、これが履の形である。君子はこれにならい、上下の分をはっきりさせて
天地交,泰;后以財成天地之道,輔相天地之宜,以左右民。
天と地の気が交わり通い合う、これが泰の形である。君主はこれにならい、天地の道を裁ち整え、天地
天地不交,否;君子以儉德辟難,不可榮以祿。
天と地の気が交わらない、これが否の形である。君子はこれにならい、徳をつつましく内に収めて災難
天與火,同人;君子以類族辨物。
天があり、その下に火がある。火は天へと燃え上がって性を同じくする、これが同人の形である。君子
火在天上,大有;君子以遏惡揚善,順天休命。
火が天の上にあってあまねく照らす、これが大有の形である。君子はこれにならい、悪をおさえとどめ
地中有山,謙;君子以裒多益寡,稱物平施。
高い山が大地の中におさまっている、これが謙の形である。君子はこれにならい、多い方から取って少
雷出地奮,豫;先王以作樂崇德,殷薦之上帝,以配祖考。
雷が大地から出て奮い立つ、これが豫の形である。先王はこれにならい、音楽を作って徳をたたえ、盛
澤中有雷,隨;君子以嚮晦入宴息。
沢の中に雷がおさまっている、これが随の形である。君子はこれにならい、日が暮れて暗くなれば家に
山下有風,蠱;君子以振民育德。
山のふもとに風が吹きこもる、これが蠱の形である。君子はこれにならい、民を奮い立たせ、その徳を
澤上有地,臨;君子以教思无窮,容保民无疆。
沢の上に地があり、高い岸が水に臨んでいる、これが臨の形である。君子はこれにならい、教え導こう
風行地上,觀;先王以省方,觀民設教。
風が地上を吹きわたる、これが観の形である。先王はこれにならい、各地を巡り視察し、民の実情をよ
雷電,噬嗑;先王以明罰敕法。
雷が鳴り、いなずまが光る、これが噬嗑の形である。先王はこれにならい、罰を明らかに示し、法を正
山下有火,賁;君子以明庶政,无敢折獄。
山のふもとに火があって山を照らし飾る、これが賁の形である。君子はこれにならい、もろもろの政務
山附於地,剝;上以厚下安宅。
山が地にぴたりと寄りかかって崩れ落ちようとしている、これが剝の卦の形である。上に立つ者はこの
雷在地中,復;先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。
雷が地の中にひそんでいる、これが復の卦の形である。いにしえの王はこの形に学び、冬至の日には関
天下雷行,物與无妄;先王以茂對時,育萬物。
天の下を雷がめぐり、あらゆるものにいつわりのないありのままの本性を与えている、これが无妄の卦
天在山中,大畜;君子以多識前言往行,以畜其德。
広大な天が山の中にたくわえられている、これが大畜の卦の形である。君子はこの形に学び、昔の人の
山下有雷,頤;君子以慎言語,節飲食。
山の下に雷がある、これが頤の卦の形である。君子はこの形に学び、口から出る言葉を慎み、口に入れ
澤滅木,大過;君子以獨立不懼,遯世无悶。
沢の水が木を水没させてしまっている、これが大過の卦の形である。君子はこの形に学び、ひとり立っ
水洊至,習坎;君子以常德行,習教事。
水が次から次へと重ねて押し寄せてくる、これが習坎の卦の形である。君子はこの形に学び、徳ある行
明兩作,離;大人以繼明照于四方。
明るさが二つ重なって輝き起こる、これが離の卦の形である。大人はこの形に学び、その明るさを絶や
山上有澤,咸;君子以虛受人。
山の上に沢がある、これが咸の卦の形である。君子はこの形に学び、心をむなしくして人を受け入れる
雷風,恒;君子以立不易方。
雷と風がともにある、これが恒の卦の形である。君子はこの形に学び、しっかりと立って自分の向かう
天下有山,遯;君子以遠小人,不惡而嚴。
天の下に山がある、これが遯の卦の形である。君子はこの形に学び、小人を遠ざけるにあたって、憎む
雷在天上,大壯;君子以非禮弗履。
雷が天の上で鳴りとどろいている、これが大壮の卦の形である。君子はこの形に学び、礼にかなわない
明出地上,晉;君子以自昭明德。
太陽が地平線の上に昇り出る、これが晋の卦の形である。君子はこの形に学び、自らの内にある明らか
明入地中,明夷;君子以蒞眾,用晦而明。
光が地の中に沈み隠れてしまう、これが明夷の卦の形である。君子はこの形に学び、人々に臨むときに
風自火出,家人;君子以言有物,而行有恒。
風が火から生じて外へ出ていく、これが家人の卦の形である。君子はこの形に学び、言葉には必ず中身
上火下澤,睽;君子以同而異。
上に火があり、下に沢がある、これが睽の卦の形である。君子はこの形に学び、大筋では人と同じくし
山上有水,蹇;君子以反身修德。
山の上に水がたたえられている、これが蹇の卦の形である。君子はこの形に学び、外を責めずに自分自
雷雨作,解;君子以赦過宥罪。
雷が鳴り雨が降り出す、これが解の卦の形である。君子はこの形に学び、人の過失を赦し、罪を寛大に
山下有澤,損;君子以懲忿窒欲。
山の下に沢がある、これが損の卦の形である。君子はこの形に学び、こみあげる怒りを抑えつけ、わき
風雷,益;君子以見善則遷,有過則改。
風と雷がともにある、これが益の卦の形である。君子はこの形に学び、善いものを見ればただちにそち
澤上於天,夬;君子以施祿及下,居德則忌。
沢の水が天にまで昇りつめている、これが夬の卦の形である。君子はこの形に学び、俸禄や利益を下の
天下有風,姤;后以施命誥四方。
天の下を風が吹きわたっている、これが姤の形である。君主はこれにならって命令を発し、国じゅうの
澤上於地,萃;君子以除戎器,戒不虞。
沢の水が地の上に集まっている、これが萃の形である。君子はこれにならって武器を手入れして整え、
地中生木,升;君子以順德,積小以高大。
地の中から木が生じて伸びていく、これが升の形である。君子はこれにならって徳に順って歩み、小さ
澤无水,困;君子以致命遂志。
沢に水がなく涸れている、これが困の形である。君子はこれにならって、我が身の命を投げうってでも
木上有水,井;君子以勞民勸相。
木のつるべによって水が汲み上げられている、これが井の形である。君子はこれにならって民をねぎら
澤中有火,革;君子以治歷明時。
沢の中に火がある、これが革の形である。君子はこれにならって暦を整え、時のうつり変わりを明らか
木上有火,鼎;君子以正位凝命。
木の上に火が燃えている、これが鼎の形である。君子はこれにならって自らの位を正し、天より受けた
洊雷,震;君子以恐懼修省。
雷が重なり続けて鳴りわたる、これが震の形である。君子はこれにならって畏れつつしみ、自らの行い
兼山,艮;君子以思不出其位。
山の上にさらに山が重なっている、これが艮の形である。君子はこれにならって、思いを自らの立場の
山上有木,漸;君子以居賢德善俗。
山の上に木が生えている、これが漸の形である。君子はこれにならって賢く徳のある在り方に身を置き
澤上有雷,歸妹;君子以永終知敝。
沢の上で雷が鳴っている、これが帰妹の形である。君子はこれにならって終わりを長く見通し、やがて
雷電皆至,豐;君子以折獄致刑。
雷と稲光がともに至る、これが豊の形である。君子はこれにならって訴訟を裁き定め、罰すべきものに
山上有火,旅;君子以明慎用刑,而不留獄。
山の上に火が燃えている、これが旅の形である。君子はこれにならって明らかに慎重に刑を用い、訴訟
隨風,巽;君子以申命行事。
風がまた風に従って重なり吹く、これが巽の形である。君子はこれにならって命令を繰り返し重ねて示
麗澤,兌;君子以朋友講習。
二つの沢が並び連なって水を通わせ合っている、これが兌の形である。君子はこれにならって友人とと
風行水上,渙;先王以享于帝立廟。
風が水の上を吹きわたっている、これが渙の形である。いにしえの王はこれにならって天帝をまつり、
澤上有水,節;君子以制數度,議德行。
沢の上に水がたたえられている、これが節の形である。君子はこれにならって物事の度合いや制度を定
澤上有風,中孚;君子以議獄緩死。
沢の上を風が吹きわたっている、これが中孚の形である。君子はこれにならって訴訟をよく議論し、死
山上有雷,小過;君子以行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉。
山の上で雷が鳴っている、これが小過の形である。君子はこれにならって、ふるまいはうやうやしさに
水在火上,既濟;君子以思患而豫防之。
水が火の上にある、これが既済の形である。君子はこれにならって、やがて起こりうる憂いを思いはか
火在水上,未濟;君子以慎辨物居方。
火が水の上にある、これが未済の形である。君子はこれにならって慎重に物事を見分け、それぞれをふ
雑卦
《乾》剛《坤》柔。《比》樂《師》憂。《臨》《觀》之義,或與或求。《屯》見而不失其居。《蒙》雜而著。《震》,起也。《艮》,
乾は剛強であり、坤は柔順です。比は親しみ集まって楽しく、師は軍を率いて憂いを抱えます。臨と観
《无妄》,災也。《萃》聚而《升》不來也。《謙》輕而《豫》怠也。《噬嗑》,食也。《賁》,无色也。《兌》見而《巽》伏也。《隨
无妄は、思いがけずふりかかる災いです。萃は集まることであり、升は昇っていって戻ってこないこと
《復》,反也。《晉》,晝也。《明夷》,誅也。《井》通而《困》相遇也。《咸》,速也。《恆》,久也。《渙》,離也。《節》,止
復は、立ち返ることです。晋は、日が昇る昼のような明るさです。明夷は、その明るさが傷つけられる
《家人》,內也。《否》《泰》,反其類也。《大壯》則止,《遯》則退也。《大有》,眾也。《同人》,親也。《革》,去故也。《鼎
家人は、内に向かうことです。否と泰は、互いにその性質をひっくり返した関係にあります。大壮は勢
《豐》,多故也。親寡《旅》也。《離》上而《坎》下也。《小畜》,寡也。《履》,不處也。《需》,不進也。《訟》,不親也。《大
豊は、盛んであるがゆえに事故や面倒ごとが多いことです。親しむ相手が少ないのが旅です。離は火と
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