易経 / 彖伝
睽,火動而上,澤動而下。二女同居,其志不同行。説而麗乎明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以小事吉。天地睽而其事同也。男女睽而其志通也。萬物睽而其事類也,睽之時用大矣哉!
新字:睽,火動而上,沢動而下。二女同居,其志不同行。説而麗乎明,柔進而上行,得中而応乎剛,是以小事吉。天地睽而其事同也。男女睽而其志通也。万物睽而其事類也,睽之時用大矣哉!
書き下し
睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
現代語訳
睽とは、火は動いて上へ昇り、沢の水は動いて下へ流れる、その離れゆく姿である。二人の女が同じ家に住みながら、その志すところは同じ方向を向かない。悦びつつ明るさに寄り添い、柔らかな陰が進んで上へ昇り、中庸の位を得て剛に応ずる。だからこそ小さな事には吉なのである。天地は背き離れているが、その営みは一つに合っている。男女は背き離れているが、その志は通じ合う。万物は背き離れているが、その働きは同じ類である。背き離れる時の用いようは、なんと大きいことか。
解説
睽の彖辞は、そむき離れることをテーマにします。火は上へ、沢の水は下へ動き、同じ家にいる二人の女の志も同じ方を向かない。まさに食い違いの象です。しかし彖伝はそれを嘆くだけで終わりません。天地は離れていながらその営みは一つに合い、男女は異なっていながら志は通じ、万物はばらばらでありながら働きは同類だと述べます。違いは、通じ合いを妨げるものではなく、むしろ前提だというのです。とはいえ、この時は大事を一気に成すには向かず、「小事に吉」とされます。仕事や経営でも、意見や立場の食い違いは避けがたいものです。無理に一つの色に染めようとせず、違いを認めたうえで共通の目的を確かめ、小さな一致から手をつける。そうした使い方をしてこそ、対立の時期は生かされます。
この章句が説くこと
睽対立異同易経彖伝
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