易経 / 象伝
天下有山,遯;君子以遠小人,不惡而嚴。
新字:天下有山,遯;君子以遠小人,不悪而厳。
書き下し
天の下に山有るは、遯(とん)なり。君子以て小人を遠ざけ、惡(にく)まずして嚴(げん)なり。
現代語訳
天の下に山がある、これが遯の卦の形である。君子はこの形に学び、小人を遠ざけるにあたって、憎むことをせず、しかし厳然とした一線を保つのです。
解説
遯の卦は、乾(天)の下に艮(山)がある形です。山がどれほど高くそびえても、天はさらに上へ退いていく。この、追いつかれない引き際の姿が遯、すなわち退き隠れることを意味します。下から陰の勢いが伸びてくる時であり、君子はそれと正面から争うのではなく、静かに距離を取ります。ここで象伝が加える一句が味わい深いところです。不惡而嚴。相手を憎み、罵り、感情的に排除するのではない。しかし、なれ合って引き込まれることもない。憎まずして厳しい、という態度です。仕事や経営でも、話の通じない相手や、組織を蝕む振る舞いに出会うことがあります。そのとき正面から叩き潰そうとすれば、こちらも消耗し、恨みだけが残ります。かといって、和を尊ぶあまり曖昧にすれば、境界が崩れる。礼をもって接しつつ、一線は決して越えさせない。これが遯の時の、成熟した距離の取り方です。