易経 / 彖伝
“萃”,聚也。順以説,剛中而應,故聚也。“王假有廟”,致孝享也。“利見大人亨”,聚以正也。“用大牲吉,利有攸往”,順天命也。觀其所聚,而天地萬物之情可見矣。
新字:“萃”,聚也。順以説,剛中而応,故聚也。“王仮有廟”,致孝享也。“利見大人亨”,聚以正也。“用大牲吉,利有攸往”,順天命也。観其所聚,而天地万物之情可見矣。
書き下し
萃(すい)は、聚(あつ)まるなり。順にして以て説(よろこ)び、剛中にして応ず、故に聚まるなり。「王、有廟(ゆうびょう)に假(いた)る」とは、孝享(こうきょう)を致すなり。「大人を見るに利あり、亨(とお)る」とは、聚まるに正を以てすればなり。「大牲(たいせい)を用うれば吉、往(ゆ)く攸(ところ)あるに利あり」とは、天命に順(したが)えばなり。其の聚まる所を観て、天地万物の情、見るべし。
現代語訳
萃とは集まることである。従順であって喜び、剛が中を得て応じ合う。だからこそ人が集まるのである。「王が宗廟に至る」とは、まごころを尽くして祖先をまつることである。「大人に会えば利があり、事は通る」とは、集まりが正しさをもって成り立っているからである。「大きな犠牲を供えれば吉、進むところがあれば利がある」とは、天の命に従っているからである。何がどのように集まっているかを観察すれば、天地万物のありようを見て取ることができる。
解説
萃は「聚(あつ)まる」ことを主題とする卦です。彖伝は、人が集まるのは偶然ではなく、素直に従う心と喜びがあり、中心となる者が中を得て人々と応じ合うからだ、と説きます。王が宗廟に参るのは、まごころを尽くして祖先を祭り、人々の心を一つの場に集めるためです。集まりが健やかであるためには「正を以てす」ことが条件で、正しさを欠いた集まりはただの群れになってしまいます。厚い供え物を惜しまないのも、天の命に従う誠意の表れとされます。結びの「其の聚まる所を観て、天地万物の情、見るべし」は、何がどこに集まるかを見れば物事の本質が分かる、という洞察です。組織や事業でも、人・お金・情報がどこに集まっているかは実態を映します。人を集めたいなら、まず集まる理由となる正しさと喜びを整えることです。