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易経 / 彖伝

蠱,剛上而柔下,巽而止,蠱。蠱,元亨而天下治也。“利涉大川”,往有事也。“先甲三日,後甲三日”,終則有始,天行也。

新字:蠱,剛上而柔下,巽而止,蠱。蠱,元亨而天下治也。“利渉大川”,往有事也。“先甲三日,後甲三日”,終則有始,天行也。

書き下し

蠱は、剛上りて柔下る、巽いて止まる、蠱なり。蠱は、元いに亨りて天下治まるなり。「大川を渉るに利ろし」とは、往きて事有ればなり。「甲に先だつこと三日、甲に後るること三日」とは、終われば則ち始め有り、天の行なればなり。

現代語訳

蠱とは、剛が上に行き柔が下に行き、従いながら止まる、それが蠱である。蠱は、大いに通じて天下が治まる。「大河を渡るのがよい」とは、進んでいけばなすべき仕事があるからである。「甲の日の三日前、甲の日の三日後」とは、終われば必ず始まりがあり、それが天のめぐりだからである。

解説

蠱は、器の中で虫がわくように、放っておいたものが腐り乱れた状態をあらわす卦です。ところが彖伝はそれを「元いに亨りて天下治まるなり」と読みます。乱れているからこそ、手を入れれば治まる。腐敗の発見は、実は再建の入口なのだという転換です。「大川を渉るに利ろし、往きて事有ればなり」——進んでいけば、そこにはやるべき仕事がある。問題があるということは、なすべきことがあるということでしょう。そして「甲に先だつこと三日、甲に後るること三日」。事を起こす前に三日、起こしたあとに三日を考える。着手そのものより、その前後の熟慮を重んじる姿勢です。「終われば則ち始め有り、天の行なり」——終わりは終わりで終わらず、次の始まりになる。積年の問題に手をつける時、性急に壊すのでも見て見ぬふりをするのでもなく、前後をよく計って取りかかることです。

この一句を、あなたの毎日に。

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