師導古典を学びたいすべての人に

易経 / 繋辞上

「不出戶庭,无咎。」子曰:「亂之所生也,則言語以為階。君不密,則失臣;臣不密,則失身;幾事不密,則害成。是以君子慎密而不出也。」子曰:「作易者其知盜乎?易曰:負且乘,致寇至。負也者,小人之事也。乘也者,君子之器也。小人而乘君子之器,盜思奪之矣!上慢下暴,盜思伐之矣!慢藏誨盜,冶容誨淫,易曰:「負且乘,致寇至,盜之招也。」

新字:「不出戶庭,无咎。」子曰:「乱之所生也,則言語以為階。君不密,則失臣;臣不密,則失身;幾事不密,則害成。是以君子慎密而不出也。」子曰:「作易者其知盗乎?易曰:負且乗,致寇至。負也者,小人之事也。乗也者,君子之器也。小人而乗君子之器,盗思奪之矣!上慢下暴,盗思伐之矣!慢蔵誨盗,冶容誨淫,易曰:「負且乗,致寇至,盗之招也。」

書き下し

「戸庭を出でず、咎无し。」子曰く、「乱の生ずる所は、則ち言語以て階(きざはし)と為る。君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失い、幾事(きじ)密ならざれば則ち害成る。是を以て君子は慎密にして出ださざるなり」と。子曰く、「易を作る者は其れ盗を知れるか。易に曰く、負い且つ乗る、寇(あだ)の至るを致す、と。負うとは、小人の事なり。乗るとは、君子の器なり。小人にして君子の器に乗る、盗は之を奪わんと思う。上慢り下暴(あら)ければ、盗は之を伐たんと思う。蔵(おさ)むるに慢れば盗を誨(おし)え、容を冶(つく)れば淫を誨う。易に曰く、負い且つ乗る、寇の至るを致すとは、盗を招くなり」と。

現代語訳

「節の卦に、家の庭から外に出なければ、咎はない、とある。」先生が言われた。「乱れの生じるもとは、言葉が階段となって招き寄せるものである。君主が言葉を慎まなければ臣下を失い、臣下が言葉を慎まなければわが身を失い、機微にふれる事柄が漏れれば害が成る。だから君子は慎み深く口を閉ざし、外に出さないのである」と。先生が言われた。「易を作った者は、盗みというものをよく知っていたのではないか。易に、荷を背負いながら車に乗れば、賊を招き寄せる、とある。荷を背負うのは、身分の低い者の仕事である。車に乗るのは、位ある者の道具である。低い者が位ある者の道具に乗っている。だから盗人はこれを奪おうと思う。上の者が驕り、下の者が乱暴であれば、盗人はこれを討とうと思う。しまい方がだらしなければ盗みを教えることになり、なまめかしく装えばみだらな心を教えることになる。易に、荷を背負いながら車に乗れば賊を招く、というのは、自分から盗みを招いているということである」と。

解説

二つの爻辞を通して、災いを自分から招かないための心得を説いた一段です。前半は情報管理の話です。乱れは言葉から始まる、と断じ、君も臣も、機密は口にするなと言います。ここでの「密」は秘密主義ではなく、まだ固まっていない事柄を軽々しく漏らさない慎み深さのことです。後半の「負且乗、致寇至」は解の卦の爻辞で、いっそう痛烈です。背負うのは下働きの姿、車に乗るのは位ある者の姿。その二つがちぐはぐに同居している者は、身の丈に合わないものを持っている。だから狙われるのだ、というのです。さらに「慢蔵誨盗」――しまい方がぞんざいなら、それは盗みを教えているのと同じだと続けます。責任を相手に押しつけず、まず自分の隙を見よという発想です。実力に見合わない地位や資産、無防備な管理、驕った態度。これらは災いの原因を自分で作っている状態だ、という戒めとして読めます。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ