易経 / 象伝
地上有水,比;先王以建萬國,親諸侯。
新字:地上有水,比;先王以建万国,親諸侯。
書き下し
地上に水有るは比なり、先王は以て万国を建て、諸侯を親しむ。
現代語訳
大地の上に水がある、これが比の形である。先王はこれにならい、多くの国を建て、諸侯と親しく交わった。
解説
比は下に地、上に水を置き、水が大地の上を流れて隙間なく地に寄り添う形です。水と地のあいだには少しの隔たりもありません。ここから比は、親しみ寄り添うことを表します。象伝は、先王はこの形にならって多くの国を建て、諸侯と親しんだといいます。上に立つ者が力で押さえつけるのではなく、それぞれの持ち場を認め、心を通わせることで、全体がひとつにまとまるという考え方です。親しむには、まず相手を立てることが要ります。水は地に逆らわず、地の形のままに流れます。組織や取引先との関係も同じで、こちらの理屈を通そうとするほど隙間ができます。相手の事情に沿って形を変えられる柔らかさが、結果として深い結びつきを生みます。定期的に顔を合わせ、相手の言い分をまず聞く。そうした地道な接触の積み重ねが、比の説く親しみです。
この章句が説くこと
比親しむ信頼関係易経
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