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易経 / 繋辞上

參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天下之文。極其數,遂定天下之象。非天下之至變,其孰能與於此。易无思也,无為也,寂然不動,感而遂通天下之故。非天下之至神,其孰能與於此。

新字:参伍以変,錯綜其数,通其変,遂成天下之文。極其数,遂定天下之象。非天下之至変,其孰能与於此。易无思也,无為也,寂然不動,感而遂通天下之故。非天下之至神,其孰能与於此。

書き下し

参伍(さんご)して以て変じ、其の数を錯綜(さくそう)す。其の変に通じて、遂に天下の文を成す。其の数を極めて、遂に天下の象を定む。天下の至変に非ずんば、其れ孰か能く此れに与らん。易は思う无きなり、為す无きなり。寂然として動かず、感じて遂に天下の故に通ず。天下の至神に非ずんば、其れ孰か能く此れに与らん。

現代語訳

三に組み五に組んで数を変じ、その数を入り組ませ組み合わせる。その変化に通じることで、ついに天下の文(あや)が成る。その数を究めることで、ついに天下の象が定まる。天下のきわめてよく変ずるものでなければ、どうしてこのようなことに関わりえようか。易には思いはからうということがなく、作為ということがない。ひっそりと静まって動かず、感じて、そのままに天下のあらゆる事柄に通じる。天下のきわめて測りがたいものでなければ、どうしてこのようなことに関わりえようか。

解説

「易无思也、无為也、寂然不動、感而遂通天下之故」という、繋辞伝でもよく知られた一句を含む段です。易には思いはからいも作為もない。静まりかえって動かないのに、感じたときにすべてに通じる、というのです。これは易という書物の性格を述べると同時に、理想的な心のあり方の描写でもあります。あれこれ策を巡らせて動き回るのではなく、まず静まる。静まっているからこそ、微かな兆しを感じ取れ、必要なときに正確に応じられる。前半では、数を組み替え入り組ませることから天下の文様と象が生まれると説かれ、変化の豊かさは限られた要素の組み合わせから生じることが示されます。実務に置きかえるなら、判断に迷ったときこそ手を止め、静かに事実を眺める時間を持つ、ということでしょう。忙しく動き続ける人は情報に反応するだけになりがちです。静けさは、感度を保つための投資なのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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