易経 / 彖伝
重巽以申命。剛巽乎中正而志行。柔皆順乎剛,是以“小亨,利有攸往,利見大人”。
書き下し
重巽(ちょうそん)もって命(めい)を申(かさ)ぬ。剛は中正に巽(したが)いて志(こころざし)行わる。柔は皆な剛に順(したが)う。是を以て「小(すこ)しく亨(とお)る、往く攸(ところ)有るに利(よ)ろし、大人(たいじん)を見るに利ろし」。
現代語訳
巽が上下に重なるので、命令を繰り返して行き渡らせる。剛が中正の位にあって素直に従うので、その志が実現される。柔はみな剛に従う。だから「わずかに通じる。進み行くのがよい。大人に会うのがよい」というのである。
解説
巽(そん)は風であり、へりくだって物事の内側に入り込む働きを表します。彖辞は、その巽が上下に重なる形を「重巽もって命を申(かさ)ぬ」と読み、方針や命令は一度で終わらせず、繰り返し行き渡らせるものだと説きます。剛が中正の位に落ち着いて志が通り、柔がみな剛に従うからこそ、大きくではないけれども「小しく亨る」と言うのです。風は壁を壊さず、隙間から入って部屋の隅々まで満ちていきます。ここに巽の知恵があります。仕事や経営でも、新しい方針が一度の号令で届くことはまずありません。角度を変え、言葉を変え、繰り返し伝えて、現場の内側に染み込ませていく。強く押し切るより、低く入って浸透させるほうが結局は早いのです。そのためにまず自分自身が中正であるかを問い直す。それがこの卦の示す身の処し方です。
この章句が説くこと
巽風命令の徹底謙遜
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