易経 / 象伝
上天下澤,履;君子以辨上下,定民志。
新字:上天下沢,履;君子以弁上下,定民志。
書き下し
上は天、下は沢なるは履なり、君子は以て上下を弁じ、民の志を定む。
現代語訳
上に天があり、下に沢がある、これが履の形である。君子はこれにならい、上下の分をはっきりさせて、民の心を落ち着かせる。
解説
履は上に天、下に沢を置きます。天は高く沢は低い。この当たり前の上下の関係が、履という卦の土台です。履はふむこと、すなわち礼を踏み行うことを意味します。象伝は、君子はこれにならって上下を弁え、民の志を定めるといいます。ここでいう上下とは、人の値打ちの優劣ではなく、それぞれの役割と分の別のことです。誰が何を決め、誰が何に責任を負うのか。それが曖昧なままだと、人は落ち着きません。逆に筋が明らかであれば、人はそこに安んじて力を出せます。職場でも、権限と責任の線引きがはっきりしている組織ほど、無用な軋轢が起きないものです。役職を笠に着るのではなく、役割を明確にして礼を尽くす。上に立つ者が先に礼を守れば、下も自然と落ち着きます。履はその秩序の力を説いています。
この章句が説くこと
履礼秩序易経
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