易経 / 彖伝
“履”,柔履剛也。説而應乎乾,是以“履虎尾,不咥人”。亨,剛中正,履帝位而不疚,光明也。
新字:“履”,柔履剛也。説而応乎乾,是以“履虎尾,不咥人”。亨,剛中正,履帝位而不疚,光明也。
書き下し
「履」は、柔剛を履むなり。説びて乾に応ず、是を以て「虎の尾を履むも、人を咥わず」。亨る、剛中正にして、帝位を履みて疚しからず、光明なればなり。
現代語訳
「履」とは、柔が剛を踏むことである。よろこびをもって乾に呼応する。だからこそ「虎の尾を踏んでも、人を噛まない」のである。通じるのは、剛が中正であり、帝の位を踏んでもやましいところがなく、光り輝いているからである。
解説
履は「踏む」、すなわち身の処し方・礼のふるまいをあらわす卦です。彖伝は「柔剛を履むなり」と言います。弱い者が強い者の上を踏んでいく。危うい立場です。その危うさを「虎の尾を履む」という強烈な比喩で示しながら、それでも「人を咥わず」——虎は噛みつかない、と言うのです。なぜか。「説びて乾に応ず」、和やかに、よろこびをもって相手に応じているから。そして踏む側にも踏まれる側にも「剛中正」、偏らない正しさがあるから。さらに「帝位を履みて疚しからず」——最も高い位に立ってもやましさがなく、光り輝いている。力関係が危うい場面をくぐり抜けるのは、強さでも媚びでもなく、和やかさとやましさのなさなのだ、という読みです。難しい相手と向き合う時、こちらに後ろ暗いところがなければ、意外なほど道は開けます。
この章句が説くこと
履虎の尾を履む礼とふるまい中正
関連する章句
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