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易経 / 繋辞上

是以,明於天之道,而察於民之故,是興神物以前民用。聖人以此齊戒,以神明其德夫!是故,闔戶謂之坤;闢戶謂之乾;一闔一闢謂之變;往來不窮謂之通;見乃謂之象;形乃謂之器;制而用之,謂之法;利用出入,民咸用之,謂之神。

新字:是以,明於天之道,而察於民之故,是興神物以前民用。聖人以此斉戒,以神明其徳夫!是故,闔戶謂之坤;闢戶謂之乾;一闔一闢謂之変;往来不窮謂之通;見乃謂之象;形乃謂之器;制而用之,謂之法;利用出入,民咸用之,謂之神。

書き下し

是を以て、天の道に明らかにして、民の故を察し、是に神物を興して以て民の用に前(さきん)ず。聖人此を以て斉戒(さいかい)し、以て其の徳を神明にするかな。是の故に、戸を闔(と)ずる、之を坤と謂い、戸を闢(ひら)く、之を乾と謂う。一たび闔じ一たび闢く、之を変と謂い、往来窮まらざる、之を通と謂う。見(あら)わるる、乃ち之を象と謂い、形あり、乃ち之を器と謂う。制して之を用うる、之を法と謂い、利用出入して、民咸(みな)之を用うる、之を神と謂う。

現代語訳

こうして天の道に明らかであり、人々の営みの事情をよく察して、そこで蓍のような神妙な道具を興し、人々が用いるのに先立って備えた。聖人はこれによって身を清め心を慎み、その徳を明らかに研ぎ澄ましたのである。だから、戸を閉じることを坤といい、戸を開くことを乾という。ひとたび閉じ、ひとたび開く、これを変という。行き来してとどまることがない、これを通という。現れて見えるものを象といい、形をそなえたものを器という。それを作り上げて用いることを法といい、出入りに役立ち、人々が皆それを用いる、そのはたらきを神という。

解説

戸の開け閉めという、誰にでも分かる比喩で乾坤と変通を説き明かした一段です。閉じるのが坤、開くのが乾。閉じたり開いたりの往復が「変」であり、その往復が尽きないことが「通」である。難しい概念を日常の動作に落として見せる手際が鮮やかです。ここから、象・器・法・神という段階が示されます。目に見えて現れたものが象、形をそなえたものが器、それを作って役立てるやり方が法、そして人々が誰でも当たり前に使えるようになったとき、それを神と呼ぶ。つまり易のいう「神」とは、神秘的な存在ではなく、広く行きわたって働きが見えなくなるほど自然になった状態を指しています。仕事に置きかえると、優れた仕組みは意識されなくなる、ということでしょう。作った本人の名前が消え、誰もが自然に使っている。それが完成の姿です。閉じる時期と開く時期を見極め、その往復を止めないこと。ここに変通の知恵があります。

この一句を、あなたの毎日に。

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