易経 / 繋辞下
子曰:「危者,安其位者也;亡者,保其存者也;亂者,有其治者也。是故,君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘亂;是以身安而國家可保也。易曰:『其亡其亡,繫于苞桑』。」
新字:子曰:「危者,安其位者也;亡者,保其存者也;乱者,有其治者也。是故,君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘乱;是以身安而国家可保也。易曰:『其亡其亡,繫于苞桑』。」
書き下し
子曰く、「危うき者は、其の位に安んずる者なり。亡ぶる者は、其の存を保てりとする者なり。乱るる者は、其の治を有てりとする者なり。是の故に、君子は安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るるを忘れず。是を以て身安くして国家保つべきなり。易に曰く、『其れ亡びなん其れ亡びなんとて、苞桑に繋る』」と。
現代語訳
孔子はいわれた。「危うくなるのは、今の地位に安住している者である。滅びるのは、今の存続が保たれていると思い込んでいる者である。乱れるのは、今の治まりを当然のものとしている者である。だから君子は、安らかなときにも危うさを忘れず、存続しているときにも滅びを忘れず、治まっているときにも乱れを忘れない。こうしてこそ、身は安らかであり、国家も保つことができる。易に『滅びるのではないか、滅びるのではないかと恐れて、根深い桑の株につなぎとめる』とあるとおりだ」と。
解説
「危うき者は其の位に安んずる者なり」。危機は、危機に見える時ではなく、安心しきった時に育つのだという逆説です。今の地位が続くと思い込み、今の繁栄が当たり前だと感じ、今の秩序が壊れないと信じている。その油断こそが、危うさ、滅び、乱れの正体だと孔子は指摘します。だから君子は、安らかなときにこそ危うさを忘れず、順調なときにこそ崩れる可能性を思う。これは不安に怯えることではありません。むしろ、平時のうちに備えを固めておくという、積極的な構えです。否卦の九五に引かれた「其れ亡びなん其れ亡びなん」は、滅びを恐れる心が、かえって根深い桑につなぎとめるような堅固さを生むことを示しています。経営でいえば、業績が良い時ほど資金を厚くし、顧客が離れる前提で関係を見直す。うまくいっている今こそが、最も点検を必要とする時なのです。安心は成果ではなく、次の点検の合図だと受け取りたいところです。